毒壺女子と清澄男子
彼らの揃いの白衣の胸には『銀座 十兵衛』と記されており、名前しか知らない超高級寿司屋のスタッフ込みの大掛かりな仕出しだと知った

入室した彼らはすぐにワゴンからマグロの塊や殻付きのウニやホタテ、明らかに捕れたばかりの活き活きとした魚を取り出して杉の青々とした葉の上へ並べる

それだけではない、ワゴンの配置をササッと変えて寿司屋のカウンター状にしてしまった

やはり超有名寿司店だけあって、こういうセレブ対応も手慣れたものだ、見習わなければと感心していると

『みさとさん、好きなものを食べて下さい』

テヤンディー氏の翻訳アプリの音声がそう告げたものの、正式なオーダーの出し方など知らない下町の庶民なのでここはひとまず

「お、おまかせで」

という言葉で無難にクリア

そして付いてきたウェイターから勧められるままにダイニングテーブルの上座へテヤンディー氏と並んで座らされる

かくして一生に一度しか体験出来ないであろうシチュエーションのディナーが始まり、飲んだこともない『有機国産大吟醸喝采』とかいう日本酒を傍らに新鮮過ぎてコリコリと歯応えがする玄海灘直送黄金の鯖や、大間の本マグロのトロ、百年以上守られて来たツメを塗ったフワフワの穴子等を堪能する

舌の上へ次から次に襲い掛かるありとあらゆる旨味に痺れたが、隣からいちいち
「オオーゥ デリシャーース」
『美味しいです』

という翻訳アプリの音声が聞こえて来るのが興ざめだ

それでもご馳走になっているのだからと我慢して一世一代の大ご馳走を堪能して、いざ帰ろうと思っていたら紙袋に押し込んでいた昨日のスーツが消えていた

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