桝田くんは痛みを知らない
 犬の、鳴き声だ。

 大きな声で吠えている。


 救急車が通ったわけではないのに。

 こんな時間に、いったいなにがあったのか。


 あの子の声に似ているけれど。

 こんな時間に外には出ていないだろうから。


 よく似た別の、犬なのだろう。


「…………ノブナガ?」


 目を開けると、マサオミくんが身を起こし、わたしから離れ、窓の外を見ていた。


「そうか。はは」


 マサオミくんが、眼鏡をはずし、前髪をかきあげて笑っている。


「アイツ、ノブナガまで味方につけたのか」


 …………アイツ?


「行きなよ」

「……え」

「はやく行け」

「っ、」


 マサオミくんから出たのが、あまりにも冷たい声で、泣きそうになる。


「二度と僕に近づくな」

「マサオミ、くん」

「名前も呼ぶな。顔も見たくない――っていっても、同じ学校だし。隣だから。それは僕が大学生になってこの家を出るまでの辛坊だな」
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