旦那を守るのも楽じゃありません
浮かれた旦那

年初めのカイトレンデス殿下とアザミの婚姻の儀の式典に参加する為に、地方から貴族や役人の方々が城下に集まり始めている。宿屋も満室…人も増える、食事処も満室、ドレスの仕立て屋も順番待ち、衣装を準備する華やかな令嬢達とそのお付きの方々の数と比例して…犯罪者も増えるこの季節。

「今、お祝いムード一色とはいえ、その騒ぎに便乗して不審者も増えているとの報告もあり…」

元帥閣下の報告を聞きながら…実はさっきから気分が悪い。

この一か月、体調が悪くなったり良くなったり…を繰り返している。私のお腹の魔力がまたグルグルと動いている。

コレあれだな、赤ちゃん出来たかな?

私がお母さんか…実感あるような無いような…不思議な感覚だ。

まずは城の術医に見てもらって…それからジークに報告して…

「という訳で、不審者が城下に入り込まないように水際で食い止めたい。第一から第五部隊で交代で巡回を行う、クワッジロ中尉」

「はい」

「王城付近の出来るだけ広範囲に探査魔法を使って欲しい。婚姻の儀の前後数日は、警備隊の詰所にて待機で」

「御意」

しまった、反射的に了承しちゃったけど…う〜ん、広範囲魔法か…魔力も体力も結構使っちゃうのよね。流石に私と体力バカのジークとの子供とはいえ、まだ無理はいけないわよね…

私は術医に診察してもらう前にジークに報告することにした。一応、私の上司だものね。

「ジーク、ちょっと宜しいですか?」

ジークはミケランティス兄様と何か話している。ちょうどいい、兄様にも一緒に報告出来そうね。

「どうした?あっ!警備隊の詰所に寝泊まりするからジークに会えないから淋しいわぁ〜とか、思って…」

「そうじゃありません」

私が即答するとジークはしょぼん…と魔力を萎ませた。

「今から術医に診察して頂いてからの判断になりますが…私、妊娠しているようなのです」

私がそう話すと、ジークもミケランティス兄様もキョトンとした顔のまま固まっている。

聞こえなかったのかしら?

「私、赤ちゃんが出来たかもしれないので任務の件、術医の先生にお聞きして大丈夫なら…」

ジークは体をブルブル震わせている。ミケ兄様が段々笑顔になってきた。

「マジかっ!?」

「やった!?」

ジークとミケ兄様に一瞬で飛びかかられ抱きつかれた!大柄な軍人に羽交い締めにされている状態だ。

く、苦しいぃぃ…お腹の赤ちゃん?も苦しいのか、魔質を歪ませている。

オッサンに一歩近づいた25才達2人は私と赤ちゃんをどうやら窒息死させたいらしい…

「死ぬ…シヌ…」

私が何とか声を上げるとジークとミケ兄様はガバッと体を離した。

「そ、そうだ!こうしちゃいられないっ!横になるか?」

「そうだなっ!ミルフィー何か欲しいものはあるか?はっ、いかん。父上にお知らせしないとっ…」

いやいや、落ち着け…まずは術医の先生の診察を受けさせて下さい。

急にオタオタし出した男達を無視して医術所に向かおうとすると、ジークもミケ兄様も私の後をついてくる。

「一人で行けますから…何故ついて来るのです?」

「フィー!?診察は旦那も一緒と決まってるんだ!」

「先生にお聞きして正式に分かればすぐに父上にご報告しないといけないしね!」

良く分からない…言い訳のようなものを叫んでいる旦那と兄は無視して王宮の中にある医術所の部屋に入って行った。受付に居る女性に声をかける。

「すみません、予約はしていないのですが…妊娠の兆候がありまして診察して頂きたいのですが…」

受付の女性は、パッと笑顔になると私の後ろにいるジークとミケ兄さまを見て気が付いたように頷かれた。

「はい、ミルフィーナ=ホイッスガンデ中尉ですね。もう少々椅子にお掛けになってお待ち下さい」

ホイッスガンデ…その姓で呼ばれたことがまだ無いので、ドキッとした。

「フィー!椅子にかけて、ホラ早くっ」

ジークがグイグイ私の体を押す。いや、痛いって…ちょっと待って?これ、子供が生まれるまでこんなグイグイやられるの?

ウザ…暑苦しい…落ち着け…

ジークに心の中で罵声を浴びせながら、待合室の椅子に座った。

「体調は悪くないか?つ…つ、つわりとか?」

「…大丈夫」

早く診察室に呼んでくださいっ!…と心の中で叫んでいると助手の方が呼びに来てくれたので、急いで診察室の中に入る。

「はい、お待た…?付き添い?」

私の後ろにジークと兄様がくっついてきたので、すみません…と術医の先生に頭を下げた。

「はい、じゃ診ますね。大きく深呼吸して…」

術医の先生は私のお腹の辺りに手をかざした。私は深呼吸をする。

「うん…いいですよ。間違いないね~おめでとう。妊娠してますよ」

「!」

あ、やっぱり?

「フィィィィー!やったぁ!」

「ち…ち…父上に知らせて来る」

兄様はものすごい勢いで走り出してしまった。私の背後で怖いくらいウキウキした魔力を発しているジークだけが後に残された。

「え~とホイッスガンデ少佐…ですね?妊娠初期の注意事項、奥さんと一緒に聞かれますか?」

「はいっっ!勿論です!」

ジーク暑苦し…

それからはジークは浮遊魔法でも使っているかの如く、浮かれてフワフワしていた。聞かれてもいないのに会う人会う人に「フィーに子供が出来て~」と惚気る、惚気る。

事務所に戻って浮かれジークが皆に報告すると皆は歓声を上げてくれた。

「先輩おめでとうございます!」

「クラナちゃんありがと」

「しかし、アレ鬱陶しいですね。男の人ってあんなに浮かれるものですかね~?」

クラナちゃんはカイトレンデス殿下とパルン君に、パパになる心得?を話している浮かれジークを指差している。

「これは俺の奥さんの受け売りですが…」

と浮かれジークを見て苦笑を浮かべている渋いおじ様のヨーデイさんが話してくれた。

何でもヨーデイさんも奥様に言われたことがあるそうだ。初めてのお子さんの時に、奥様の妊娠発覚の時は浮かれてあんな調子だったらしい。

ところが奥様の方は初めての妊娠で自分のお腹に生命が宿っていると聞かされて嬉しいより、とてつもない緊張感が生まれたそうだ。

「つまり、普段気にせずに歩いていた道で小石につまずいて転んだらどうしよう…とか、家の階段を踏み外したらどうしよう…とか、生まれて来るまでものすごい緊張と心配で、あんたみたいに喜んで浮かれている余裕なんてなかった~と言われたのです」

「なるほど~で、今現在は3人の子持ちになっておられますがその後の妊娠に関してはどうなのでしょう?」

と私が聞くとヨーデイさんは嬉しそうに微笑んでみせた。

「2人目になると、堂々としたものでしたね~自分でも最初は心配のしすぎだったと笑ってました」

「「なるほど~」」

クラナちゃんと相槌の声が重なった。

「だから、今だけは浮かれさせて上げて下さい。暫くすれば落ち着きますからね」

流石、年長者の意見は違う~浮かれジークもその内落ち着くと…メモメモ。

「ミルフィーナさんもお腹を冷やしちゃいけませんよ?まだつわりは大丈夫ですか?あ、そうそう〜妊娠中は魔力が子供と分散されるから、術が発動しない事も多いそうですよ。魔法が使えると過信しすぎないように注意して下さい」

おおっ!ヨーデイさん参考になります!メモメモ…

という訳で、魔術の発動が不安定な時期だということで、事務仕事以外は免除されることになった。

「フィー辛くないか?」

「……」

「ああっそんな薄い布じゃ…お腹冷えてないか?」

「………」

「ちょ…フィーどこに行くの?そんな書類、カイト殿下に持って行って貰えよ」

私は後ろからついて来ようとする浮かれジークを顧みた。

「いい加減にして下さい!カイトレンデス殿下をパシリ扱いになんて、殿下から見て又従兄弟の坊ちゃんでも許されないことですよ!」

クラナちゃんも声をあげてくれた。

「そーですよ。ジークレイ様がご自分で行かれては〜?」

浮かれジークはカッ…と魔力を上げてクラナちゃんを睨んだ。

「俺が目を離した隙にフィーに何かあったらどうするんだぁ!」

「………」

「チィッ…!」

クラナちゃんの舌打ちが大きく打ち鳴らされた。

ウザァ〜流石にウザイ。

と、言う空気が事務所内に流れ始めた時にミケランティス兄様が詰所に飛び込んで来た。

「ミルフィ、家の母上とジークの母上の両方がお前に会いに来てるぞ?」

げげっ!?2人共?チラリとジークを見るとジークも困った顔をしていた。

ジークと2人で、母親2人に会いに行った。貴賓室に入るとお母様とお義母様は満面の笑みで迎えてくれた。

「ミルフィー、ミケから聞いたわよ。おめでとう!」

「ちょっとジークッ!早く知らせなさいなっ!ミルフィーちゃんありがとう~。ああ、楽しみね。うち男の子ばかりだから、女の子もいいわね!」

で、でたー!姑からの圧力その一、性別の産み分けの強要…

「兄さんのとこにメーサがいるじゃないか…」

「メーサは領地にいるから離れているじゃない!お世話できる距離に欲しいのよ」

「はぁ…」

ジーク…馬鹿だな。こんなテンションの母親に口答えなんてするもんじゃないよ…

「でも妊婦さんのミルフィーちゃんは無理は出来ないから、暫くは家に来て頂戴ね」

何だって?お義母様の顔を見る。すると実家の母が「ちょっとお待ちになって…」と鋭く声を上げた。

「出産、妊娠中は実家に帰るのが当然ではないでしょうか…」

ピシャーーーン…何か魔力の弾ける音がした。

実家VS義実家の姑争いがここに勃発か?

「なんで実家に帰らないといけないの?」

ああっ…ジーク余計なことを…

お母様とお義母様の2人の鋭い魔力がジークを射抜く!魔力の矢?をもろに受けたジークは胸を押さえてよろめいた。

馬鹿だなジーク、何故自ら被弾しに向かうのか…あんた強者だよ。

お母様とお義母様は押し問答をにこやかな笑顔のまま続けた。長時間姑プチ戦争をしていた。

結局

私が妊娠中とそして子供を産んでから暫くは2月ごとに交互に実家、義実家に滞在することに決まった。勿論その妊娠期間中はジークは各実家に一緒について来ることになった。

その決定に私やジークの意見なんて挟めやしない。挟んではいけない。

途中何度もジークが自ら被弾しにいって、魔力の矢に胸を撃ち抜かれて悶絶していた。

長い物には巻かれろ…よ?ジーク。

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