愛染堂市
ペンキ屋が出て行ってから数分経ったけど、車屋のジイサンは一言も話さずに机の上に散乱した帳票を整理していて。
アタシも何も話さず応接用のソファーに腰掛けたまま車屋のジイサンの様子を眺めていた。
『ねぇ・・・』
アタシは退屈に耐えられず言葉を吐く。
「ん?」
『オジイチャンはペンキ屋?・・とは親しいの?』
「親しくもねぇなぁ・・・」
『打ち解けた感じだったけど・・・』
「そうか?」
『だって車も貸しちゃうし・・・帰って来ないかもよ』
「かもな」
車屋のジイサンは相変わらず帳票から目を離さずにアタシに答える。
相手にされてない様な気持ちと、時々作業場の方から聞こえてくる甲高い機械音が空っぽのお腹に響いてアタシは少しイライラしてくる。
『ペンキ屋って悪い奴?』
「・・・お嬢ちゃん」
車屋のジイサンは珍しく帳票類から目を離し、こちらに顔を向ける。
そして大きくて真っ黒な目でコチラを見据える。