私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

 * * *

「ごめんね。盗み聞きみたいなまねして」
「良いんですよ。だって、解らなかったんでしょ?」
「うん。内容は何言ってるのか全然解んなかったんだけど……」

 私達は部屋の中に座って話をした。
 私があのすぐ後に、腰を抜かして座り込んでしまったからなんだけど。

「なんで独り言いってたの?」
「うん。まあ、練習ですよ」
「練習?」
「そうです。毛利さんへの報告前の練習です」
「へえ。そんなことしてるんだね」
「はい」

 柳くんは、丸い目を細めずに笑った。
 その笑みがどことなく、うそ臭いような気もしたけど、まあ、良いか。

 私だって、小学生のころ、作文の発表の前には部屋で一人で練習したしな。
 お母さんに部屋に入ってこられて、恥ずかしかったのを思い出した。
(柳くんも、恥ずかしかったかもな。ごめん)

「腰はもう平気ですか?」
「あ、うん。大丈夫そう」

 柳くんが、私の腕を取って立たせてくれた。
 足腰もちゃんと立つ。良かった。

「一人で帰れますか?」
「うん――あっ!」
 いきなり大声を出したから、柳くんが驚いて目をぱちくりさせた。
「ごめん。私、行かなきゃ! 人を待たせてるんだった!」
「そうですか。じゃ、ここで」
 柳くんのハキハキとした返事を聞いて、私は駆け出した。
「うん。またね!」
 振り返って手を振ると、柳くんも元気よく手を振りかえしてくれた。

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