私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~

(……この娘は)
 毛利は目を丸くした。
思えば、蛙蘇で再会して以来、ゆりは毛利の心情を見抜くことがある。他の者には理解されない機微を、ゆりは汲み取った。
(何故、小娘は俺の心情を読み取るのだ?)
 そしてそれを不愉快に思わないのは、何故なのだと毛利は不思議でしょうがなかった。

 以前、毛利はラングルからゆりが落下するさいに助けた事がある。あの行動は、自分でも意外だった。
 魔王だから――そんな理由ではない事は、毛利が一番よく解っている。
 いっそ落下して死んでくれた方が、危険が去って良かったからだ。

 むろん、魔王を手にしなければならない理由もあったわけだが、ゆりが死んでしまえば、それはそれで解決ではあった。
 なのに、毛利はゆりを助けた。
(何故だ? 猛吹雪に遭ったときもそうだ)

「どうしました?」
「……なんでもない。さっさと言え」

 ゆりは首を傾げる。毛利の頬が僅かに赤いような気がしたからだ。
(まあ、気のせいだよね)
 ゆりは軽く咳払いをして、意を決した。ドキドキとうるさい心臓を押さえて、一気に言葉を吐き出す。

「あの、地下街で、あの夜一緒にいた女の人って、誰ですか?」
「柳だ」
「え?」
(――しまった)
「あれって柳くんなんですか!?」
(何故、正直に答えたんだ。俺はどうかしている。疲れているのか? 小娘にどう誤解されようが、どうでも良いはずだろう!)

 混乱する心を押さえつけて、毛利は小さく息を吐く。
(言ってしまったからには嘘をつくよりも真実を触りだけ伝えた方が良いだろう)

「機密情報のやり取りをするさいには、ああいう場を使う事が多くある。不審に思うなら、コウでも原にでも尋ねてみれば良い」
「へえ。そうなんだ」
 毛利の返答を疑いもせずに、ゆりは納得した。

(本当に、この娘は……。何故疑ってかからぬのか)
すぐになんでも信じすぎる――と、毛利は呆れた。
(夜壱の件だってそうだ。時を遡っては、黒田の時も。簡単に騙されおって)
 内心でイライラし始めた毛利だったが、イライラの内容については深くは考えないようにした。嫉妬だと認めたくなくて。

 一方でゆりは、心底ほっとしていた。
 ずっと心の隅にあの艶やかな着物の女性(だと思っていた柳)がいたからだ。その〝彼女〟が恋人だと言われたらと思うと、胸が張り裂けそうで、知りたい気持ちと知りたくない気持ちでいっぱいだった。

 そんな気持ちでいたくなくて、忘れたふりをして二ヶ月あまり過ごしたが、どうにも耐え切れなくなって訊きに来た。
 その答えがとても満足の行くものだったから、ゆりは満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ私、夜壱さんのバイト行ってきますね」
(……夜壱)
「ちょっと待て」
「え?」
 気づいたら毛利は、ゆりの腕を捕っていた。

「今日は休め」
「え? 何でですか?」
「今日は俺も休みだ」
「あ、はい。ですよね。珍しく」
「だから休め」
「は?」
 今しがた思い返していた夜壱のところに行かせるのは、癪に障った。
「出かけるぞ」
「は!?」
「ついて来い」

 唖然とするゆりの腕をそのまま引いて、毛利は歩き出す。
 この感情がなんなのか、検討はついている。
 だが毛利は、確証がない限り認めるつもりはもうとうない。



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