私の中におっさん(魔王)がいる。~毛利の章~
* * *
足運屋は、地下街の一角にある。
冬以外の季節では、町外れにドラゴンの牧場を持ち、そこで運営するんだけど、冬の時期は地下街の一角で受付をする。
受付が終わると、店の奥へ通され、トンネルを通って町外れの牧場まで行き、そこでドラゴンをレンタルしたり、買ったり、乗り合いバスならぬ、乗り合いドラゴンが出立したりするんだ。
ちなみに、冬季はドラゴンの売買は千葉では原則出来ない。
売れないことも無いけど、そもそも地下をドラゴンは通れないため、雪が積もる地上を行かなければならず、売りに行く者は殆どいないそうだ。
穴倉のような入り口から入り、真っ直ぐに受付のカウンターへと向った毛利さんは、受付の女性、梨葉(りは)さんに抑揚の無い声ですっぱりと告げた。
「小娘は今日、休みだ」
「は?」
毛利さんの後ろで慌てふためく私を、梨葉さんは怪訝に一瞥した。
ここに来てるのに? と、言いたげな表情で毛利さんを見返す。
梨葉さんは、バイトを始めたばかりの頃、私に色々と教えてくれた人だった。年は、四十代くらいかな。
そこに、陽気な声が上がった。
「よう! 影也。お前の方から出向いてくるなんて、どうしたんだ?」
受付の奥から顔を覗かせたのは、足運屋の社長である夜壱さんだった。
毛利さんは、面倒くさそうに眉を吊り上げた。もちろん、微妙に。
「今日小娘に休みをやれ」
「不躾だなぁ。別に良いけどよ」
「え! 良いんですか!?」
(もしかして私、あんまり必要とされてない?)
しょんぼりしそうになっていると、夜壱さんはあっけらかんと言った。
「連絡もなしに休む奴とか結構いるしな。連絡くれただけでも、万々歳だわ。ありがとな」
「いえ。そうなんですか」
「でも誤解の無いように言っとくけど、それでも千葉は律儀な方だぜ。瞑なんかに比べりゃな」
「へえ……瞑国の人ってルーズなんですね」
「まあな」
一番律儀なのは、どこの国の人だろう? ふと疑問が湧いたけど、口に出す前に毛利さんが会話に割って入った。
「騎乗翼竜を一頭を借りたい。竜種は、ラングルで頼む」
「あいよ」
夜壱さんは軽く返事を返し、梨葉さんが紙を取り出した。
「こちらにご記入下さい」
毛利さんは、スラスラとサインし、紙を梨葉さんに返した。
梨葉さんが判子を押すと、毛利さんは言われる前に代金を台の上に置いた。
そして、勝手知ったる我が家というように、カウンターの横を通って奥へ行こうとする。
それを、梨葉さんは慌てて止めようとしたけど、逆に夜壱さんに止められた。
「良いんだ。こいつ知ってっから」
梨葉さんは「そうですか」と訝しがりつつ引き下がり、毛利さんは私を一瞥した。
(ついて来いって事ね)
私は、はいはいと心の中で頷いて、カウンターを横切った。
その時、梨葉さんと目が合って、梨葉さんはにやりと笑った。
「楽しんでくるのよ」
密やかに囁かれて、私は軽く手を振り替えした。
(楽しむも何も、どこに行くのかも知らされてないんだけどな)
密かに苦笑した。
カウンターの奥の部屋を通り抜け、鉄製の頑丈な扉を夜壱さんが開けると、からかうように顔をにやつかせたのが毛利さんの肩越しに見えた。
「どっか出かけんのか?」
「貴様に関係なかろう」
毛利さんに一蹴されて、夜壱さんはにやつかせた顔を更ににやつかせた。
「こっからの道は分かるだろ。俺は店頭に戻るわ。お邪魔なようだからな」
ひひっとからかうように笑った夜壱さんを、毛利さんは鬱陶しそうに流し見た。
夜壱さんはご機嫌に、元きた道を引き返して行った。