私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
エピローグ

 三ヶ月が経ち、クラプションにも真夏がやってきた。じりじりと太陽が照り付けるが、湿気が少ないため、比較的過ごし易い。

 ゆりの服も夏服使用へ変わった。半そでのブラウスに、薄いワンピース姿で、とある部屋を覗いた。
 そこはセンブルシュタイン城内の執務室であった。

 部屋の中では、皆忙しく仕事をこなしていた。功歩(クラプション)の者と、三条の者が混ざり合い、和気藹々とした雰囲気がある。

 そこには、以前のような余所余所しさは感じられない。
 部屋の中には雪村の姿もあった。

 真面目に仕事に励んでいる様子を見て、ゆりは満足げに笑んだ。後ろ手に隠した風呂敷包みを前へ持ってくると、軽くノックをして足を踏み入れた。

「ゆりちゃん、どうしたの?」

 雪村がゆりに気がついて手を振る。ゆりは手を振り返して、雪村の前まで来ると、机に風呂敷包みを置いた。

「お弁当作って来たの」
「マジ!? ありがとう! 嬉しい」
 雪村は嬉々として、弁当の入った風呂敷包みを受け取った。
「毎日大変ですね」

 雪村の近くにいた廉抹が若干の皮肉と嫉妬を含んで言って、目の前の資料に目を向けた。
 ゆりと雪村は苦笑しあって、ゆりは邪魔にならない内にと踵を返そうとした。その時、留火がやって来て、ゆりに声をかけた。

「ゆりさん、こんにちは。結婚式はまだ決まらないんですか?」
 不躾に切り出されて、ゆりは微苦笑を返す。

「そうなんだよ! 俺は今すぐにでも結婚したいんだけど、ゆりちゃんがまだダメだって言うんだよ」

 ゆりの代わりに雪村が不満たらたらに答えて、ゆりは振りかえって厳しい口調で告げた。

「結婚は、雪村くんが魔竜を倒す方法を見つけてからって約束したでしょ? 魔竜がいる限り、三条の能力は保たなきゃいけないんだから。でも、雪村くんが一族同士での結婚を廃すって決定したから、能力を保つためにも、責任を負うためにも、私達はまだ結婚しちゃいけないの」

「それは分かってるんだけどさ~」

 情けない声音を出した雪村に、ゆりは意地悪な表情を向けた。

「私が三十歳になるまでに見つけなきゃ、私、他の誰かと結婚するからね」
「そんなー!?」
「頭首。頑張りましょ」

 叫び声を上げた雪村の肩を、留火はぽんと叩いて慰めた。
 その近くで、廉抹が密かにふっと笑う。
 そこに、快活な笑い声が飛んで来て、間空が開いていたドアから入ってきた。

「ハーハッハハ! 早速尻に敷かれているな。雪村! いやあ、良い婚約者を見つけたもんだ!」
「ゲッ! オヤジ!」
「ゲッ! とは、なんだ、ゲッとは。――ふむ。しっかりやっているようだな」
「まあな」

 雪村は若干照れたように呟いて、頭を掻いた。
 賑やかなムードの中、バタバタと廊下を駆ける足音がして振り返ると、慌てた表情の結が駆け込んできた。

「大変だ、ゆんちゃん!」
「どうしたの?」
「あの女が来た!」
「あの女?」

 首を傾げたゆりの肩を、結は強く掴む。

「ほら、あの女だ! あの、いけ好かない女!」
「いけ好かなくて、悪かったわね。でも、私は結の事、結構気に入ってるのよ?」

 冷静な声音がして、ドアからぱっと白い手をが伸びた。ふりふりと振られたかと思うと、ひょこっと懐かしい顔が現れた。

「セシルさん!」
「ゆりちゃん。久しぶり」

 ゆりは嬉しくなって駆け出した。きゃーと黄色い悲鳴を互いに上げて、手を取り合う二人を、結は頬を膨らませながら見ている。

「どうしたんですか?」
「会いに行くって約束したでしょ」
 当然と言うようにセシルは言って、廊下を振り返った。
「逢わせたい人もいたしね」

 ゆりが覗き込むようにして廊下を見ると、そこにはヤーセルとゼア、そしてサイモンの姿があった。

「ヤーセルさん、ゼアさん、サイモンさんも、お久しぶりです!」
「やあ。お久しぶりですね」
「おう」
「よ。元気してたかい?」

 ヤーセルの質問に「はい!」と答えて、ゆりは不意に三人の奥にもう一人、人物がいることに気がついた。
 その人は、真夏なのに白いフードを目深に被り、口元には優しげな笑みを浮かべていた。彼を目にした瞬間、ゆりはひどく懐かしい感覚に襲われた。

「お久しぶりです。谷中様。雪村様は、中にいますか?」

 彼の声を聞いた途端、ゆりは駆け出した。
 優しげで、穏やかな声音。その全てが奇跡のように響く。

 ゆりの視界は涙で滲み、駆けるたびに後ろへ跳ねた。
 ゆりは、渾身の力で彼に抱きついた。

 その拍子に、フードがするりと剥がれる。
 灰色の髪がなびき、蒼い双眸がゆりを見つめた。
 どうして? そう訊くよりも早く、ゆりの口からは別の言葉が溢れた。

「お帰りなさい」

 声を潤ませ、ゆりはとびきりの笑顔を向けた。細められた瞳から、雫が溢れてポロポロと零れ落ちる。
 感涙は、しばらくの間止みそうにない。








 ―――― ――――― ―――――


――竜王書より――。

 北丁(ほくちょう)六百五十年。
 三条雪村一行、ニジョウ一族を切言せしのち、ニジョウ一族と協力せし。
 魔王、魔竜ともにその存在を知られる事なく、密かに幽明境を隔つ。
 三条雪村、後の妻、ゆりと共に過去の因果を断ち切らん。

                     ――竜王書簡・廉抹。



                 (了)


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