私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 どれくらい歩いただろうか。途中で休憩を挟みながら、三時間くらいは歩いただろう。
 どうやらこの山は、ハイキング気分で登れるほど低い山ではないらしい。
 周りの植物を見回すと、だんだんと木々の色も薄れていき、この先は植物の限界を超えるとでも言いたげだ。

「このまま、進んで良いのかな……っていうか、のど渇いた。……お腹減った」
 不安と空腹と疲労から、ゆりはその場にしゃがみ込んだ。
 ふと空を見上げると、木々の合間に空が見えた。
 空は青色を失くし、朱色に染まろうかとしていた。

「ヤバイじゃん。日、暮れちゃうよ」
 この分では、あと二時間もしないうちに闇夜に呑まれてしまう。
「こういう時は、どうすれば良いんだっけ……」

 焦燥に駆られながら、ゆりは自分に問いかけた。
 夜の山で怖いのは、寒さと動物に襲われる事だろうと思い立ち、
「動物は火を怖がるって聞くし、火は暖かいし……。よし、焚き木を集めよう!」

 小さく意気込んで、ゆりはすくっと立ち上がった。周囲に落ちている枝を集める途中で、木々に囲まれた歪な円形の窪地を見つけた。
 その窪地は若干へこんでいる程度のものだったが、寝転べばちょうど身を隠せそうでもある。
 ゆりはその窪地で夜を明かす事に決めた。

 まず窪地の中心に、持ってきた枝を置き、見よう見まねで火を起こそうと二センチ大の木の枝を置き、その上に比較的真っ直ぐな枝を置いて、擦りつけた。
 だが、一向に火がつく気配を見せない。それどころか、煙すらも上がらなかった。

 半べそを掻きながら、日が落ちるまで粘ったが、とうとう日が落ち、辺りは闇に包まれてしまった。
 視界を奪われて、次いで寒さが体を震わせ、暗闇の中、また何度か火をつけようと試みたものの、やはりつかない。

「どうしよう……」
 今にも泣き出しそうに呟く。だが、こうなってしまったら仕方がない。腹をくくるしかない、と不安でいっぱいの胸に膝をくっつけてゆりは横になった。

 そうはしてみたものの、恐怖と緊張からドキドキと心臓が高鳴り、目は爛々と輝いて、きょろきょろと忙しなく動いた。

 そうする内に目が慣れてきて、ある程度は見えるようになってきたが、不気味な鳥の鳴き声や風で揺れる葉音を聞くたびに、びくっと肩を震わせて身を硬くした。

 どうにもこうにもそんな恐怖に耐えられなくなったゆりは、もういっその事寝てしまおうと硬く目を瞑ったが、寒くてカチカチと歯が鳴る。

 このまま寝てしまったら、死ぬのではないかと、ふとそんな考えに至った。
 彼女は飛び起きて、両腕を擦り、何か暖かくなれるものはないかと辺りを見回したが、木々と草以外は何もなさそうだった。

 落胆してしゃがみ込み、冷える体を擦り続けた。
 ガチガチと鳴る歯、不気味な何かの鳴き声、闇色の葉を揺らす風の音。

「もう、イヤ。耐えられない!」

 ゆりは叫んで駆け出した。
 どこへ向うのかも分からなかったが、とにかくじっとしていられなかった。

 木々の合間を縫うように走り抜け、草を掻き分け、草によって切られた脚など気にする余裕もなく、走り続けた。

 滲んだ視界を取り払おうと、袖口で涙を拭った瞬間、視界がずり落ちた。
 右側の体が沈み込み、焦って体制を整えようとしたが、踏ん張ったはずの左足も濡れた土にとられ、ゆりは悲鳴も上げられないまま、斜面を転がり落ちていった。
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