私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

「なんで呪火を使った!?  生き残ってた兵士だっていたかも知れないのに! 俺はあんな事のために呪符を書いたんじゃないんだぞ!」

 風間の寝室につくなり、吠えた雪村に風間は深いため息をつきながら風呂敷包みをベッドに置いた。

「理由はご存知でしょう」
「知ってるけど、でも――」
「呪火を使って、あの屋敷を消滅させる事は同意していましたよね、雪村様?」
 どこか責めるように、諭すように言った風間に、雪村は不満気な顔を向けた。

「だけど、それは全部終わって帰るときで、人がいるときじゃないだろ。二条のやつだって、死んでいいわけじゃない」
「では、あそこで二条に証拠を残したまま退散すべきだったと?」
「そうだよ」

 ふてくされるように言って風間を睨んだ雪村に、嫌気がさしたように腕を組んで、息を吐いた。

「それでは、二条に魔王を復活させたことが露見し、証拠をつかまれて、谷中様を危険にさらしても良かったと仰るのですね?」
「それは……!」

「あそこで彼らをしとめなければ、谷中様は死ぬまで追われる身でしたよ」
「だけど、彼女のおかげで四方に飛んだじゃないか。二条だってどこにいるか分からないのに追ってくるか!?」
「それは結果論でしょう」

 ぴしゃりと言った風間に、雪村はやはり口をつぐんだ。
 雪村にも、それが結果論だということは分かっていたからだ。

 呪火を風間が使ったのは、ゆりが皆を飛ばす前だ。ゆりが皆を方々に飛ばすなどということは、風間にも、そうしたゆり自身でさえ予測できない事だったのだから。

「それに、彼らが捜索を断念するのも一時的でしょう。二条の洞窟に魔竜がいる限り、魔王の力がなくならない限り、二条は彼女を、魔王を殺す事を諦めはしないでしょう」
「魔竜なんて本当に存在すんのかよ……」
 ふてくされた雪村に、風間は真剣な瞳を向けた。
「いますよ。私も結も、この目で見たのですから」

 雪村は無理やり納得するように瞳を伏して、顔を上げた。

「百歩譲って、それは良かったとするよ。でも、生き残りの兵士がいるかどうかの確認くらいしてからでも良かったんじゃないのか?」

 雪村の問いに、風間は疲れたように息を吐く。

「あの兵士は王からの間者のようなものなのですよ」
「だから、死んでも良いって言うのかよ」

「そうとまでは言いません。ですが、あの状況下でどうやって確認を取れと言うのです。
二次、三次被害を出せとおっしゃるのですか? いいかげん現状を見て、対処出来るよう
になってもらわなければ困ります。貴方は三条の頭首なんですよ」

 風間は厳しい眼差しで見据えたが、雪村は拗ねたように口を尖らせた。

「なんだよ。頭首、頭首って――お前だって俺に隠してることあんだろ?」
「……なんのことですか?」

 風間は一瞬、僅かにぴくりと頬を動かした。真剣な眼差しで雪村を見据えたが、微かに左右に視線が揺れた。
 雪村は直感した。

 普段は鈍い彼だが、こと風間の事に至っては僅かな勘が働いた。
 ここ数年、風間はおかしい。魔王を復活させようと動き出してから、様子がおかしい気がしていた。何気なくではあったし、元来忘れ易い性質が災いしてか、今の今まで訊かなかったのだが、これを機に雪村は風間を問い詰めることに決めた。

「嘘つくなよ! お前と何年一緒にいると思ってんだ!」

 雪村の真剣な様子に、風間は観念したように息をついた。

「では、正直に申します。――私も、谷中様のことが好きなのです。だから、彼女の事は諦めて下さい」
「……は?」

 唖然とする雪村を余所に、風間は身支度をし始めた。
 クローゼットからシャツを取り出して、ジャケットを脱いでベッドの上に置く。
 シャツのボタンに手をかけて、雪村に目配せをした。

「着替えたいのですが。なんなら、見ていかれますか?」
「――誰が! 男のストリップなんか見ねえよ!」

 顔を真っ赤にして、半ば半泣き状態で部屋を出て行った雪村を見送って、風間はくすっと微笑んだ。
 だが笑んだのは一瞬だった。
表情を曇らせた風間は、憂鬱そうに胸のボタンを外した。


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