私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

「そっか。だから好きになったんだね。結」
「ち、違う!」
「も~! 隠さなくって良いって!」
 からかいながら結の肩に軽く肩をぶつけて、ゆりは話題を変えた。

「ところでどうして、付き合ってるなんて勘違いしたの?」
「そ、それは、廉抹さんもそうじゃないかって、疑ってたから……」
「ああ……」

 ゆりは納得して頷いた。
 廉抹が何か言いたげにしていたのは、その事だったのだ。

「違うって言っておいてね」
「うん。わかった。――あっ」
「どうしたの?」
「風間さまの事、黙っておいてくれ。風間さま、昔の事言われるの嫌いだった」
「あ、そうなんだ。うん。分かった」
 ゆりが頷いたとき、部屋のドアの方向から落胆と驚きが混ざった声が響いてきた。

「あ~! ここに居たの!?」
「雪村くん」
「主!」
 結は頬を僅かに赤く染めて口をぎゅっとつぐんだかと思うと、ゆりに手を振って走り出した。

「じゃな。ゆんちゃん。ワタシ行く」
「あ、うん。またね」
 ゆりが手を振り返すと、結はそそくさと部屋を出て行った。
「結、また三条の言葉使ってたのか?」
 雪村は歩きながら振り返り、結が開けっ放しにしていったドアを見つめた。

「え? ああ。そうなのかな。私には全然分かんなかったけど。もしかして、何か聞こえた?」
「ちょっとだけな。風間がどうとかって。良く聞き取れなかったけど」
「あ、そうなんだ」

 ゆりは、良かったと胸をなでおろした。なんとなくいつもより結の喋り方が流暢なような気がしていたが、それは母国語を喋っていたからなのだと納得した。
 安堵した様子のゆりを見て、雪村は不安気な表情を向けた。

「風間の話してたの?」
「う、ううん。違うよ」
「……そっか」
 気持ちを切り替えるように、雪村は声音を明るくする。

「それにしても、ここに居たなんてビックリした」
「どうして?」
「だって、俺ここに案内しようと思ってたんだもん」
「そうなの?」

 驚いたゆりに雪村はふっと笑いかけて、四隅のランプを消しに行った。
 怪訝に見ていると、雪村は窓に向って歩き出し、重そうなカーテンを端から端まで引っ張った。
 カーテンが音を立てて開かれると同時に、ほわんと灯った光がゆりの瞳に映る。

「うわぁ」
 それは、家々の明かりだった。温かみのある光が、星空のように眼下に広がっている。
 蛍光灯やLEDと違って、揺らめく光は、まるで蛍のように淡く輝き、幻想的な風景を作り出していた。

「きれーい!」
「だろ?」

 雪村は誇らしげに言ってソファに座った。ゆりは光にもっと近づきたくて、雪村の横に座る。一瞬雪村は緊張して僅かに顔を強張らせた。ゆりは眼下の景色に釘付けにしていた瞳を雪村に向けた。

「すごいね」
「う、うん。これ、見せたくてさ。イイとこだろ?」
「うん。ありがとう」

 ゆりがとびっきりの笑顔を向けると、雪村は頬を赤らめて俯きながら、頭を掻いて目線を窓の外に向けた。

 そのしぐさを何となくゆりは見ていたが、心にある言葉がふと過ぎった。
 それは、倭和の屋敷で風間が言った一言だった。だが、ゆりは瞳を街へと向け、それを無意識のうちに遮断した。

『貴女が、好きなんです――雪村様が』



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