私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

 通された部屋は、猫脚のテーブルとおしゃれな椅子が置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
「少々お待ち下さいませ」

 針翔はそう言って部屋を出て、暫くして男を連れて戻ってきた。中肉中背の中年。髪の色と同じ金色の髭を生やした男で、彼は愛想良く片手を上げて笑った。

「やあ。ご足労願ってすまないね、風間殿」
「いいえ。とんでもございません。お互いの領地で起きた出来事ですから」

「いや、私もね、面倒だから書面で済ませたかったのだが、うちの者がね、ちゃんと話し合ってくれと聞かんのだよ。本当だったら、そちらの土地側で起きたのだから、そちらに頼むのが筋というものなのだが、最近土木関係の仕事の者が仕事がないと嘆いていてね。なんとかしてやりたいと思ってしまったものだから」

「或屡様は、お心根の優しいお方ですから」
「これ、よさないか」
 誇るように口出しした針翔に、或屡が咎めるように言ったので、針翔は頭を下げた。
「失礼致しました」

「それでどうかね? 自らの領地に入られるというのは嫌なものだとは思うのだがね」
「そんなことはございません」
(嫌に決まっている)

 風間は内心、冷たく或屡を見下した。領土に入られて何かあった時にこちらの責任にされてはたまらない。

「お気持ちは察しますが、クラプションの工員にとっても大事な収入源になります」
「それはそうだなぁ。しかしだね、うちはクラプションと違って、市民の収入が大きく違うのだよ。知っての通り、うちは観光地だ。観光に関わっている者は潤っているが、建設業者などは、建築が終わってしまえば仕事がない。斡旋しようにも、今のところ建てる物もないときている」

「そうですか……でしたら、建てる物を創っては如何でしょう? 差し出がましいようですが、県で新しい公共機関を造ったりなさるというのは如何なのでしょうか?」
「ふむ……」
 或屡は顎に手を当てた。

「そうだなぁ。まあ、そうするとしようかね」
 或屡はあっさりと言って、椅子の背もたれに寄りかかった。
 風間はその引き際の良さに不信感を感じて眉を顰める。

「――ところでだね、風間殿」
「はい」
「同盟の件はどうなったのかね?」
(やはりそれが本題か)

 風間は腑に落ちた。
 にこやかな笑みを作り出し、申し訳なさを装って眉根を寄せる。

「残念ながら、同盟条約を結ぶまでには至らず……私の不徳の致すところにございます」
「そうなのか……いやいや、君は尽力したのだろうよ」
 庇うように言って、或屡は背もたれから背を離した。

「ところで、王に報告はされたのかな?」
「いえ。まだにございます」
「では、戯王のもとへ案内しようじゃないか。ついでに私も傍聴して良いかな?」
「――もちろんでございます」

 風間は愛想笑いを徹底する。
 以前より、このサキョウの領主と三条家の仲は決してよろしくはなかった。

 傍目にはどちらもにこやかに話しかけ、穏やかに時が過ぎているように感じていただろうが、本人同士、主に或屡を相手取っていたのは風間であったが、この風間と或屡の間では通じるものがあった。

 それは、お世辞を言い合いながらその言葉に皮肉を含む女同士のやり取りのようで、また、表向きは握手を求めながら、いつ相手の立場をひっくり返してやろうかという虎視眈々とした火花であったのだが、それを互いに通じ合っていながら、こうしてにこやかに笑んでいる。彼らはありふれた政治家であった。
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