私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~

 * * *

「ありがとう」
 ゆりは結が出してくれたお茶、アルタイルを覗き込んだ。

 三人は間空の誘いもあって、リビングでお茶をすることにした。
 向かい合ったソファで、間空がカップを持ち上げた。
 ゆりはなんとなしに同じタイミングで、アルタイルの入ったカップを口に運ぶ。

「あっまい!」
 アルタイルは頬が強張るほどに甘かった。思わず叫んでカップをまじまじと見てしまう。
すると、時を空けずに間空が咎める声音を上げた。

「結。何を入れたんだ?」
 結は訝しがって首を捻って、自分の分を口に含んだ。
「……マズイ」
 呟いて結は苦い顔をする。次いで閃いた表情に変わった。

「あっ、もしかしたら、砂糖の横に置いてあった花小竜(ブルーメ)の蜜を入れたかも……」
「いくつだ?」
「多分、三つくらい」
「そりゃ甘いなぁ」

 間空は苦笑しながら明るく言って、結は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「入れなおしてきます!」
 勢いよく立ち上がって、結は素早く三人分のカップを回収して、ばたばたと部屋を出て行った。
 それを見送って、ゆりは少し気まずい気持ちになりながらも間空に質問をした。

「あの、花小竜の蜜ってなんですか?」
「ああ。花小竜は、花畑によく出没する小さいドラゴンでな――」
 言いかけで間空は手のひらをゆりに翳して見せた。

「手のひらサイズしかないんだ」
「へえ。ちっちゃいんですね」

「ああ。そうだな。普段は虫などを食べているらしいが、何故か花の蜜を収集する癖があってな。巣には花の蜜の結晶がごろごろしているらしい。それが、滋養があるって言われてな、結構高いんだが割合と人気だ。一粒で角砂糖の三つ分と言われているな」

「へえ。じゃあ、甘いですね」
「ああ。そうだな」

 ゆりがぎこちなく笑むと、間空はにこりと笑み返した。それを見て、何故だかほっとしたゆりは、自然と笑い、間空もまた優しげな笑みを浮かべた。
 すっかりリラックスしたゆりは、はたと異変に気づいた。

「そういえば静かですね」
「ああ。昼間は殆ど人がいないからな。何人か警備の者が残っているが」
「警備?」
「ここには、保管庫あるからな」
「……保管庫?」
 ゆりの頭の中には金銀財宝が思い浮かんだが、返ってきた答えはまるで違うものだった。

「書庫だよ。巻物とか、本とかが置かれてる保管庫だ」
「へえ。なんか図書館みたいですね」
「そこまで広くはないがな。世界見聞録みたいなのが色々入っている。旅していたときの記録とか、こっそり忍び込んで書き写した記録とかな」
「スパイみたいですね」
「まあ、そうだよ」

 ゆりは冗談で言ったのだが、間空は口元に微笑を湛えながら、真面目な眼差しで頷いたので、ゆりは目を丸くしたまま、口をあんぐりと開けてしまった。

「三条の者が外に出てる大半の理由がそれだからな」
「……そうなんですか?」
 深刻な声音を出したゆりに対し、間空はそれほど深刻なわけでもなく、ごく自然に頷いた。

「勅命でな。十五年前にこの地に来た時は、傭兵だけだったんだが、今は、間者も任務として行っている。休戦の今はそっちが主だな。他国に忍び込んで得た情報を伝告に渡すのさ。まあ、でもその前に実は複製して、こっそり風間が目を通しているのだがな。それを、書庫に保管しているのだよ。他にも色々入っているが……。さっき言った、世界見聞録みたいな娯楽的な物とかな」
「へえ……」

 聞いても良いことだったのか図りきれないゆりは、それ以上言葉が続かず苦笑した。
 だが、世界見聞録なる読み物には興味があった。それが顔に出ていたのだろうか、間空は明るい声音を出した。
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