私の中におっさん(魔王)がいる。~雪村の章~
第十四章・凶報来る

 月も沈んだ夜更けに、伝使竜の塔に薄明かりが灯った。火を極々細めたカンテラをその手に持つのは、アンリであった。今日は夜間勤務だ。伝使竜は夜の灯りに弱い。暗さに慣れた眼に光が触れる事を嫌がった。

 なのでアンリは伝使竜を気遣って、カンテラの火を極細くして歩くのだった。
 獣臭さや、尿糞の臭いは、掃除をしていても篭ってしまう。そういう理由から、この仕事を毛嫌いする者も多かったが、アンリはこの仕事に誇りを持っていた。

 誰かが一生懸命書いたかも知れない書簡を、きちんと相手方に届ける。いち早く届ける事で、戦況を変える事も出来るかも知れないし、誰かを安心させたり、幸せな気持ちにさせたりする事が出来る。だから、アンリはこの仕事に満足を得て、誇りに思っていた。
 アンリは伝使竜が寝ている小屋を、カンテラの灯が当たらないようにしながら覗いた。

「よし。みんな寝てるわね」
 よしよしと満足気に頷く。それとほぼ同時に、塔の長細い窓から一匹の伝使竜が飛来し、回廊を回ってアンリの上空を旋回した。

 アンリは防御アームを着けた腕を振り上げた。そこに伝使竜は、小型のドラゴンにしてはがっしりとした脚で着地する。アンリが持っていたカンテラの光りを下から受けて、僅かに瞳を細める。

 伝使竜の背に取り付けてあるホルダーから、アンリは書簡を取り出した。
「これ、リンゼさん宛ね。こんな時間に誰だろう?」
 不思議に思いながら、保管庫に向って歩き出した。

 三条一族宛に届いた書簡は、一度開いて確認してから本人に渡さなければならないが、その他の者に届いた物は一切見てはいけない決まりになっていた。

 アンリはいつも不公平だと思っていたが、アンリを始め、伝書係の職にある者は、皆伝告の職にも就いていたので、三条家に不審な書簡が届けば王に報告しなければならなかった。

 保管庫の前に立ったアンリは、保管庫を見渡した。小型のロッカールームのような棚が壁際に置かれ、保管庫のちょうど真ん中に立つと、壁が円形になっているため全ての保管庫を目の端で捉える事が出来た。

 その捉えた保管庫、ちょうど一番端の一角にアンリは首を振った。
 そして憂いのある表情を浮かべる。

「風間さん、無事かしら」
 アンリは目線を外し、適当に空いている保管庫に届いた書簡を入れ、腰からぶら下げた三十もある鍵の束から、一つだけ即座に選んで鍵をかけた。

 鍵は皆似たような形で、番号を振ってあるわけでもなく、素人目で見るとどれがどれか判らない。伝書係は鍵の僅かな違いから、どの保管庫の物かを判断しなければならなかった。それが出来るようになるまでは一人前とは呼べない。

 アンリはこの職に就いて長かった。幼い頃よりこの職に就いていた彼女は、このクラプションの中では一番のベテランだった。

 アンリは床に置いたカンテラを持ち上げて、再び来た道を戻ろうとした。
 振り返った刹那、弱く、細められたカンテラの灯が、少し離れた場所に何かを映し出して、アンリは一瞬息を詰まらせた。

(誰か居る?)
 即座にカンテラを前へ突き出すと、薄ぼんやりと人型のシルエットが浮かび上がった。
 ギクリと心臓が跳ねて、肝が冷える。アンリは静かに後ずさりした。そこへ、
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