私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 安慈王子は、訓練場で鍛錬に勤しんでいた。
 兵士達と共に訓練をしていても、やっぱり一番声が大きい。
 声をかけるのが憚られたので、終わるまで待っていると、安慈王子が気づいて近寄ってきてくれた。

「なんだ。声をかければ良かったのに」
「すみません。でも、見てるの楽しかったです」

 そう返事を返すと、変わった子だなという顔をされた。

「お前が帰るというのは、なんだか寂しいな。お前のようにズケズケとものを言ってくる奴はこの先現れんかも知れん」

 安慈王子は、残念がってそう言ってくれたけど、

「だが、やはり家族の許にいる方が幸せかも知れんな。お前はまだ若いのだし……。むこうでも達者で暮らせ」

 と、エールを送ってくれた。
 安慈王子も十分若いと思うんだけど。

 そして、その日、今日の夕方に、本殿から荷物が届いて、安慈王子から餞別の贈り物がされた。
 それは、高級食材らしき食べ物だった。
 ちょっとパイナップルに似てるけど、色は赤だった。
 形も草のようなところが似てるだけで、ゴツゴツはしていない。
 どうやって食べるのかは分からないけど、見た目はまあまあ美味しそうだ。
 皇王子には、会って早々、深くお礼を言われた。

「ありがとう。ゆりのおかげで、兄様とも争う事もなくなったし、本当に感謝している」
 深々と感謝の意を示されたので、私は驚いて、「いえいえ、そんな!」と答えた。
「謙遜しなくても良い」

 くすっと笑われたけど、別に謙遜なんかじゃなかったんだけどな。
 みんなに何かしらお礼を言われるけど、私にたいそうな事をしたという自覚はない。
 
 ただ私はアニキ――花野井さんの、過去を知りたくて、それでみんなに尋ねただけで、みんなのために何かしようとしたわけじゃないんだから。
 私は自分のために、みんなから過去を聞きだしただけ。
 それが結果的に良かっただけで、お礼を言われるのは正直、心苦しかった。

「伯父上……花野井と、話はしたのか?」
 突然皇王子は、心配そうに声を潜めた。

 私は突然の事に「え?」とだけ返した。
 私の様子を見て、皇王子は哀しげに笑った。

「そうか、話しはしてないみたいだな」

 残念そうに、ぽつりと呟いた。
 怪訝な表情でいる私を見て、にこりと笑うと、私の腕につけられている赤希石のブレスレットを握るように、私の腕を取った。

「……奇跡が起こると良いな」

 そう祈るように呟いて、私の手の甲に唇を軽く当てた。私は、びっくりして顔に火が昇るのを感じた。
 それはすぐに離れ、皇王子は驚くする私を見て、意地悪そうに笑った。

「では、またな。ゆり」

 そう透き通るような声で言って、皇王子は政務に戻って行った。
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