私の中におっさん(魔王)がいる。~花野井の章~

 * * *

「ゆりちゃんについてなくて良かったんですか?」

 月鵬の質問を受けて、花野井は心配そうに遠くを見る目つきをした。

「ああ。後で様子見に行くわ」
「仕事が先、ですか」
「ああ」

 小さく頷いた花野井のそばに、亮が腕を組みながらやってきた。

「別に、任せてくれれば、吐かせますよ。こっちには鉄次だっているんだし」

 促すような声音に、花野井は首を横に振った。

「いや。こいつは俺がやりてんだよ」
「なんでですか?」

 亮は訝しがった。
 花野井は、拷問が好きではなかった。
 むしろ嫌悪していた。
 相手を殺す時は、苦しまないようにするのが、彼のやり方であり慈悲だった。そんな彼が、自らやりたいというなんて――と、亮は花野井に怪訝な瞳を向けた。
 
 ここは、暗部の基地にある、拷問部屋である。
 暗部基地は、附都の軍とは別の場所にひっそりとあった。
 附都を出た先の山の中に、附都の軍基地があったが、その山の中の麓の地下深くに、暗部の基地が置かれていた。

「まさか、暗殺者だと知らずに関係を持った事を、悔いてるわけじゃありませんよね」
 嘲笑するように言う亮に、花野井はふっと笑みを漏らした。
「それはねえな」
「ですよね」
 食い気味に言って、亮は微かに含み笑いをする。
「さて、始めるか」
 花野井は袖を捲くった。

 その目線の先には、拘束具をはめられた鈴音がいた。瞳には、恐怖の色が薄く滲んでいる。
 悲鳴が響き渡る前に、月鵬は拷問部屋をそっと出た。
 鉄製のドアに寄りかかり、微かにドアの隙間から漏れ出した悲鳴に耳を傾ける。月鵬には、何故花野井が拷問に参加したのか、その真意が推測できた。
 ゆりを傷つけた、その存在が許せない。
 そして、何より自分自身が許せない。

「バカな人」

 憂いを含んだ声音は、誰に聞かれることもなく、石壁に響いて消えた。


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