私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~

 * * *

 ひとしきり泣いた後、黒田は気恥ずかしそうに顔を上げた。
 頬に紅が刺している。

「ぐすっ! ――うわっ!」

 鼻を啜って、ゆりを見ると、ゆりは下膨れたひどい顔をしていた。
 泣きすぎて目が腫れたようだ。

「泣きすぎ! ぼくより泣いてどうすんの!」

 黒田は呆れた言い方をしたが、顔は笑んでいた。
 この人は、本当に面白いなぁ……と、黒田は思う。

「だってさ――」

 言いかけてゆりはむくれた。
 顔が浮腫んでいるので、わざとむくれたかどうかの判別がつきにくい。

「なんか、ちょっとすっきりしたよ。ぼく、シンディの前でしか泣いた事無かったからさ」
「えっ、ドラゴンと私一緒?」
「不満?」
「いえ」

 ふざけたやり取りをして、二人はにこりと笑った。
 このまま黙り込むのがなんとなく嫌だった黒田は、ふざけた調子で切り出した。

「ぼく、確かに誰にも言ってないけど、多分翼は知ってると思うよ」
「え? なんで?」
「あいつ、ぼくが、どこで何してたとか、今日は何食ったとか、殆ど全部知ってんだよ」
「……ストーカー?」

 ゆりの引いた様子に、ろくはにやりと笑って、ひょうきんに返した。

「そ。あいつ、ぼくのストーカーなの」
「ぷっ!」

 どちらからともなく、噴出して、二人は大笑いした。
 そして笑い声の余韻が残る頃、黒田はゆりの腕をとって、自分の胸に引き寄せた。

「……帰らないでよ」

 不安な音色で出された、微かに震える声。
 ゆりは黒田を見上げた。

「帰らないで。ずっと、ぼくの傍にいて」

 それは、元の世界に――という事だよね。と、一瞬だけ自問して、ゆりは黒田の首に手を回した。

「……帰らないよ。元の世界には、帰らない。ずっと、クロちゃんと一緒にいる」
「本当に?」

 不安げな黒田の頬を、ゆりは両手で包んだ。

「本当」

 黒田の瞳が僅かに潤んだ。
 黒田はゆりの頬に手を当てた。
 ゆりは黒田の手のひらを握り、顔を埋める。
 自然と見つめ合い、距離が近づく。
 おずおずと、確かめ合うようにして、二人の唇は重なった。

「……キス出来たね」
「そうだね」

 唇から数センチの距離で、ゆりが小さく呟いて、黒田は目じりを細めて囁いた。
 そして、二人はまた唇を重ねた。
 今度は、熱く、深かった。


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