私の中におっさん(魔王)がいる。~黒田の章~
 あの襲撃を受けた日、月鵬はやけに遅れて飛んできていた。駆けつけた時も、側近の中では一番遅かった。

(あの時は、よほどのノロマかと思っていたけど……何かあるのか?)

 単なる直感だったが、こういう勘を黒田は大事にしていた。
 勘がさえているときにカマをかけると、相手がボロを出す事が多かったからだ。

「条件があるんだけど」
「はい。なんでしょう?」
「懐の中の物、見せてよ」

 月鵬は一瞬目を見開いたが、次の瞬間取り繕ったように笑う。

「なにをでしょう?」
「だから、懐の物だよ」

 懐の物と言ったのは、月鵬の手荷物がなかったからだ。
 もちろん、宿をとっていてそこに置いてきたのかも知れない。だが、よほどの間抜けか、お嬢様育ちでもなければ、そんなまねは死んでもしない。永国人か、怠輪国の者ならば話は別だが。

 この世界では、部屋に荷物を置いておくと宿屋の従業員に物を盗まれる。その事を良く知っているので、そんな所に荷物を置いてきたりはしない。
 だから、何か持っているなら懐の中だとあたりをつけた。

「……」

 月鵬は暫く黙って、観念したような息を漏らした。
 懐から見覚えのある巻物を取り出す。くたびれた生成りの、オリジナルの封魔書(ほうばしょ)だ。

(なんでこんなもん、この女が持ってるんだ?)

 黒田は不審に思ったが、決して顔には出さなかった。月鵬に付け入る隙を与えかねないからだ。黒田は静かに月鵬が切り出すのを待った。

「……封魔書です」
「知ってる」

「私も詳しい事は知らないんですよ。カシラ……花野井様が密談の後に、あの巻物は怪しいと仰って、隙を見て盗むよう言われたので」

「ふ~ん……それであの混乱の中盗んできたんだね?」
「ええ」

 月鵬は静かに息を吐く。

「花野井様は突拍子もない事を言い出す事がままありまして、これもその内の一つかと」
「ふ~ん……」

 呆れたようすが見られたが、心底というわけではない。どことなく、それでも信用が置ける人なのだと表情が語る。

「それ、詳しく調べるんでしょ?」
「……どうでしょうね。しないと思いますけど」

 月鵬は言葉を選ぶようにしていた。

(嘘だな)

 ここで嘘をつかれたら、たまったものじゃない。

(たたみ掛けようっと)

「嘘はやめようよ。ぼくだって魔王の復活に協力したんだよ? 何かあるなら、共有すべきじゃないの?」
「……」

(黙るか……。もう一押しかな?)

「巻物に何かあるなら、三条や風間が何か隠してるって事じゃない? ぼくらって、騙されたってことになるんじゃないかなぁ? キミのとこの大将も、ぼくも、被害者ってことになるんじゃない?」

 そんな確信はどこにもなかったし、そもそも、巻物が怪しいというのも眉唾なような気がしたが、もしそれが本当なら蚊帳の外はごめんだ。

「……調べてみるつもりではあります」

 月鵬は観念したように息を吐いた。
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