恋の駆け引き~イケメンDr.は新人秘書を手放せない~
「へー、こんな所にパン屋さんがあるんですね」
「ああ。結構うまいぞ」

何度か来ているらしいボスは迷うことなく店に着いたけれど、知らない人はたどり着けないような田舎道。
よくこんな所に店を作ろうと思ったなって感心してしまう。

「元々、酪農家なんだ」
「酪農家?」
「うん。代々続く酪農家に都会から来たお嫁さん。それがベーカリーのオーナー。新鮮なミルクと、天然酵母で大好きなパンを作ってみたら評判になってしまった。日曜大工が趣味のご主人が奥さんのために店を作ったら、大繁盛。日曜日には渋滞ができるらしいぞ」
「へー」
「いいよな」
え?
何が?

「休日にここへ来て、牧場を散策して牛や羊を見て過ごす。時間があればパン教室や、バター作り体験。帰りにはうまいパンを買って帰る。最高だよな」
「そうですね」
「一攫千金を狙ったわけでもなく、好きなことをして商売になるなんて幸せなことだ」

ん?
ボス、何かあった?

「大丈夫、ですか?」
「ああ、明日には元気になるから」

ボス・・・

その後、パンをいっぱい買い込んだ。
車の中はパンのいいい匂いに包まれ、幸せな気分。

帰り道、疲れきって会話が続かない車内。
だからといって、沈黙が辛いわけではない。
黙っていることが負担にならないくらいには、打ち解けてきた。

そのうちに、どちらともなく手を差し出して・・・握っていた。

私にとって、ボスは上司。
その関係に変わりはない。
でも、
今日のボスは別人のようで、辛そうだった。
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