一夜からはじまる恋
「待ってください」
動き出そうとする石川を止めたのは樹だった。

「私は育った環境も、背負った運命も湊さんとは比べ物にならないくらい違います。私はちっぽけすぎて湊さんにはつり合わないことはわかっています。社長の妻として何ができるかと考えても私なんかにできることはありません。」
会長のまっすぐな視線に樹もまっすぐ正直に答える。
「私にできるのは家庭を作ることです。社長として頑張る湊さんがほっとできるような家庭を守ります。毎日おいしいご飯と洗いたての服を用意して、湊さんとの子供のお世話をする。仕事で疲れているときは話を聞きます。聞くことしかできなくても私にできることだと思うから・・・。」
「それだけか？」
「前に湊さんが言っていたんです。自分は会社の駒でしかないのかもしれないと。社長としての運命を背負い葛藤する湊さんを支えるためにできることを私なりにやります。一緒に荷物を背負うくらいしかできないかもしれませんが」
樹の答えに会長は少し黙ってから
「湊を呼びなさい」
と再び石川に指示をした。
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