ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
「わかりました」

 名残惜しい気持ちでアッシュから離れると、アッシュも離れがたそうな顔をしていた。

「そんな顔しないでください。すぐに会えますから」

 この世界に飛ばされた日の服装に身を包んだ私が、アッシュに向かい合う。なつかしい気持ちになるが、ふたりの関係はあの日と違っている。

「わかっている。しかし……」

 なかなか魔法陣の上に乗らない私に苛立って、エルフが舌打ちをする。

「早くしろ」

「ごめんなさい。もう行かなきゃ」

 昨日夜通しでお別れ会をしてもらったのに、それでもこんなに後ろ髪を引かれる。

 魔法陣の上に乗ってみんなを見回すと、涙をふきながら手を振ってくれていた。

 まぶたがじわっと熱くなる。けれど笑ってお別れしたかったから、泣き笑いで手を振り返した。

 また会うまで、みんなの記憶の中にある私の姿が、笑顔であって欲しいから。

「みんな、ありがとう。アッシュさん、先に行ってきます!」

 さよならの言葉をかけると、魔法陣が光を放ち始めた。まわりの景色が、どんどん薄れてぼやけていく。

 アッシュが私に駆け寄ろうとして、役人さんに止められている姿が見えた。

 何かを伝えようとしている?

『あ』『い』、そのあとは、ええと……。

 わかった瞬間、顔がかあっと熱くなる。『あ』で始まる五文字のその言葉は、私の人生で初めての言葉だった。

「私も、愛してます!」

 最後の言葉はアッシュに届いただろうか。

 眠りに落ちるときのように、私の意識は強制的に暗闇に飲みこまれていった……。

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