吸血鬼だって殺せるくせに
吟遊詩人は真実を歌う 編

~プロローグ~





グライン・フォールという、大きな橋の上に成り立つ街があった。

下に流れるトール川を渡るためには数十キロも船を漕がなくてはいけない。行き来するのも大変だ。
だから橋の上に街が形成されるのは、きっとごく自然のなりゆきであったのだと思う。

グラインフォールは毎日のように国を往来する人が溢れかえっていた。
川の北には自然豊かなフュリーデント公国、南には腐敗しやせ細ったオロール連邦という国があった。

グラインフォールは両国をつなぐ国境としての役割もあったわけだな。

オロール連邦は戦争で王を失い、今も飢餓と病気で苦しんでいる。
そんなオロールから抜け出したいという人たちがフュリーデントに亡命するため…
グラインフォールには毎日のように長い長い列が出来上がっていた。

そこに並ぶ人たちは…
やせ細った子供や、悪臭を漂わせる老人、悲しみで身体を震わせる夫婦。

まるで何かの罰与えられ、その順番を待っているように…
彼らは毎日、ほとんど超えることのできない国境の前に列を作っていた。


ジェイスは、そんなオロール人達の列の中にいた。


如何にも高級そうなコートを羽織り、3本の剣をさした若者。
清潔そうな金色の短髪。齢のころは20歳前後。

夢も希望もなく、ただ下を向き並ぶ者たちの中で…

ジェイスだけはまっすぐに前をみて…
何も表情を変えず、ただ自分の順番を待っていた。



「…」


ようやくジェイスの順番が回って来たのだが…
ジェイスの前に並んでいる母子が、国境審査でなにやら揉めていた。


「この子のやせ細った姿をみてください!…もう、私たち家族は2カ月も木の皮のスープしか飲んでいないのです!お願いです…なんでもします!フュリーデントに入れてください!」

「駄目なものは駄目だ…お前らみたいな腹減りを全員受け入れてたら…一日でフュリーデント中の牛を全部食われちまうからな」


審査を行っているフュリーデント兵は、大きな声で笑った。
ひどい言い方をする。


「お願いです…せめてこの子だけでも…グラインフォールの中には、親戚がいるんです…数日だけでもいいんです…どうか、どうかお願いします…」

「いい加減にしろッ!さっさといけ!」



ジェイスの目の前の母親は、泣きながら兵士にお願いする。
頭を下げる母親を見る少年は…ただただ兵士をぐっと睨みつけていた。


「お願いします!お願いします!」

「うるさいんだよッ!」


バンッ!


そう言うと、兵士は母親を強く殴りつけた。
ジェイスの前に母親が倒れる。


「よし、次…」


ジェイスはそれに対して特に反応することもなく。
国境審査を受ける。

母親はうずくまり…
静かに子供を抱き寄せて泣いていた。


「今度は女みてぇに顔色が悪いヤツがきたな」


ジェイスに兵士がケチをつけ始める。
しかし、ジェイスは特に表情を変えず…


「肌が白いだけさ…」


とぽつりと返した。


「ずいぶん立派な剣を持ち歩いているんだな…しかも3本…旅人か?傭兵か?」

「まぁそんなところだ…」

「悪いが身分のよくわからん奴をフュリーデントへ入れるわけにはいかない…いくつか質問をする」

「あぁ…都合の悪いことでなければ全部答えるよ」

「…ふん」


ジェイスは、ピクリとも表情を変えずに応対した。
兵士は羊皮紙を取り、何やら確認しながら質問をしていく。


「…年齢は?」

「今年で20になる」

「まだクソガキだな」

「そんなことはない…女も抱けるし酒も飲める」

「名は?」

「ジェイス・ヘンディ」

「ジェイス…ん?どこかで聞いた名だな…」

「よくある名だしな」



ジェイスがそう返すと、兵士の1人がジェイスの持っていたカバンを漁りだした。
ボロッちいカバンだったが、ジェイスの全財産が入った大切なカバンだ。



「なにするんだ」

「荷物を確認するだけだ…済んだら返してやるよ…ほら、質問を続けるぞ…出身は?」

「育ったのはホークビッツだが…どこで生まれたかは俺も知らん」

「ホークビッツ?貴族には見えんが」

「貴族ではないな…」


兵士はジェイスの表情をまじまじと見て…
また目線を羊皮紙に下げ、質問を続けた。


「結婚歴は?傭兵なら所属しているギルドは?…そしてそれらを証明するものは何か持っているか?」

「結婚してないし、傭兵でもないんだ…よってそれらを証明するものは何も持っていないな」

「なら貴様は何者だ?…何のためにフュリーデントにやってきた?」

「職業はモンスタースレイヤーをやっている…しかし今回は怪物狩りに来たわけじゃない…とある人を探してる」

「…モンスタースレイヤーだと?」


モンスタースレイヤーと言う言葉を聞いて…
兵士たちの表情が変わった。

それもそのはず…
フュリーデントにはモンスタースレイヤーに関するとある法律があった。
フュリーデント公国は裕福な国だったが、国内のモンスターは年々凶暴さを増していた。
そのためモンスタースレイヤーであれば、身分を明かした上でどんな人物でも入国を許可するというものだ。

つまり兵士たちはモンスタースレイヤーを名乗っている人を…
勝手に入国拒否する事ができなかった。



「人を探しているっていったか?…誰をだ?」

「バージニア・フェンスターという吟遊詩人だ…30歳手前のチャラチャラした吟遊詩人さ」


おい。

チャラチャラしたは余計だ。
あと俺の年齢は26歳な。

そう…
ジェイスの探し人は、この物語の語り手であるバージニア・フェンスター…つまりは俺だ。

なぜ俺を探しているのか…
まぁ、この先を聞いてほしい。



「その吟遊詩人を探している理由は?」

「とある貴族を侮辱した歌を街中に広めた…その貴族から依頼されてそいつを殺しに来たんだ」

「モンスタースレイヤーが人殺しを請け負うとは…落ちたもんだ」



兵士はジェイスを小馬鹿にする材料を探していた。
しかし、ジェイスはこんな幼稚な挑発に対して、ただ淡々と必要であることだけを返した。



「普段なら、こんな依頼を受けることはない…しかし今回の依頼主はそこらへんの成り上がり貴族じゃないんでね」

「だれだ?」



答える義理はないのだが…
ジェイスは早くこの場所を切り抜けたかった。

特に秘密でもなかったので、誰が依頼主かを簡潔に話した。


「ホークビッツの宰相だ」

「…は…?」

「なんだと…」


このなんとなく返した返答で…
徐々に兵士の顔が曇り始める。



「ホークビッツの宰相だと…?…あの国の宰相は、国王と並ぶほどの権力者のはずじゃないか…」

「あぁ…だから奴はホークビッツにいれなくなった…ベルドランサからオロールへと逃げて…オロールからこのフュリーデント公国に逃げ込んだようだ」

「…そんなことはどうでもいい!なぜお前みたいなモンスタースレイヤーに…一国の宰相が依頼をだす…?」

「…」

「…」

「…さぁ?」


ジェイスの間の抜けた返事に…
兵士たちは混乱していたようだが…

そこで一人の兵士がジェイスの顔を見て、みるみる顔面が蒼白になった。


「ジェイスって…お…おまえ…もしかして…『吸血鬼殺し』か…?」

「…?」

「人間じゃ殺すことができない吸血鬼を唯一殺せるモンスタースレイヤー…」


他の兵士も…
徐々にジェイスのことを気づき始める。


「嘘だろ…」

「こんなクソガキが…?」


吸血鬼は永遠の時を生きる怪物。
吸血鬼は吸血鬼しか殺せないというのが…長年の定説だった。

俺が歌にしたのが大きな理由だが、たしかに吸血鬼殺しはジェイスの仕事の中で最も名誉ある仕事だった。
しかし当の本人は、自分が『吸血鬼殺しのジェイス』なんて呼ばれているのさえ知らなかった。

ジェイスは心の中で「よくわかんないけどラッキー」と思った。
めんどくさい説明しなくて済むのがうれしかった。


「そうだ…俺はきゅうけつきたおしのジェイスだ」

「たおし…?吸血鬼殺し…のジェイス…だよな?」

「…」

「…」

「そうだ…吸血鬼殺しのジェイスだ」


なんとなくで、適当に話を合わせる。
ジェイスはこういうところで結構いい加減なやつだった。


「…その話が事実であるという証拠は?」

「俺を証明するものはないが…フュリーデントのホークビッツ大使館への召喚状がある…国王の印書つきだ」

「み…みせてみろ」

「…」

「…どうだ?」

「たしかに…」


ここで、ようやく兵士たちは納得した。
あまりの驚きで、嫌味を言う間もなかったようだ。


「それで…いれてくれるのか?…まぁ、拒否されても直接フュリーデント侯爵に伝令で許可を貰うだけだが…」

「…」

「…」

「通れ…」


何も言いだすことができず…
兵士はついにジェイスの入国を認めた。

ジェイスは荷物を受け取ると…
兵士にこういった。


「あぁ…それと、この召喚状にはこう書いてあるんだが…」

「…?」

「『フュリーデント大使としてモンスタースレイヤー・ジェイス・ヘンディを任命する…役目を果たすため付き人も同様の権限を与える』」

「…それがどうした…?」

「これって、つまり…俺の付き人であれば、もう一人フュリーデントに入れるってことだろ?」

「は…?」

「なぁ…そこの君…」


そういってジェイスは…
先ほど兵士を睨みつけていた少年を呼んだ。



「君、俺の付き人ね」

「え?」

「は!?」

「ちょっ!ちょっとまて!」


兵士たちは何か言いかけたが…
ジェイスはびしっと召喚状を見せつけた。

すると兵士たちは何も返すことができず…
ただただ少年が国境を超えるところを見ることしかできなかった。


母親は…
ただただ驚いていた。

そして、フュリーデントに入ったジェイスに…
オロール側から、何度も何度も頭を下げた。


「グラインフォールの街に、親戚がいるんだろ…?」

「…うん」

「食べ物をもって、母親のところに戻ってあげるといい…これがあれば国の往来は自由だ」


そう言って、ジェイスは少年に自分の召喚状を渡した。

少年も一体何が起こっているのかさっぱり分からなかったが…
ただひたすらに優しいモンスタースレイヤーを見上げて…

心の底からこう言った。


「ありがとう」

「あぁ…」



ジェイスはとくに表情を変えず…
街の中に消えていくのだった。








さぁ…
ここまでが物語のプロローグだ。

ジェイスの人柄は十分に伝わったと思うけど…
俺からしたらまったく笑えないんよね。

ジェイスは俺を殺すためにわざわざ二つの国を超えてフュリーデントにやってきた。
ここからは俺が殺されるまでの冒険譚を語っていくことになるわけさ。


ジェイスは確かにいいやつだ。


しかし誰よりも仕事熱心な男だということが…
俺にとっての最大の不幸だった。
< 1 / 9 >

この作品をシェア

pagetop