吸血鬼だって殺せるくせに

Ep1. 人を食わぬ人狼

ジェイス・ヘンディは依頼を受けてモンスター退治を請け負うモンスタースレイヤーだ。
彼の仕事の流れはいつも決まって街の酒場から始まった。情報収集をするためだ。

ジェイスはグラインフォールに入ると、国境で出会った少年に別れを告げ、いつもの仕事と同じように街の酒場に入っていった。

広い店内にはところ狭しと行商人や兵士と思われる男たちが酒を酌み交わしている。


「いらっしゃい」

「強い酒と…何か精のつくものを」


ジェイスはバーカウンターに座ると、店主へ注文した。

店主は瓶づめの透明な酒をグラスにつぎ、ジェイスの前に置いた。
そしてカウンターの上に吊るされている牛の干し肉を手に取って、ナイフで一口台に切りながらジェイスに話しかけた。


「オロール連邦からか?…久しぶりだよ、外国の来訪者は」

「国境で兵士にケチをつけられたよ」

「そうだろうな…最近じゃめっきり外国人は見ない…オロールの旅も大変だったろう?」

「あぁ…本当にひどいところだったよ」


ジェイスは…かなり疲れていた。

食料もろくにないオロール連邦の長旅は…
いくら優秀なモンスタースレイヤー『吸血鬼殺しのジェイス』であろうと、かなり堪えたようだ。


「この国とベルドランサの戦争が長引いちまってるからな…オロールは間に挟まれてずっと主戦場だ…王はおろか領主もほとんど死んじまって、国としちゃあもう死んでるのと変わらねぇ」


グラインフォールの検問を見れば、ジェイスにもそれはよくわかった。


「オロールでたくさん死体を見たよ…そこら中に転がってた…いくつか村にも立ち寄ったが、どの村の井戸も水が腐ってグールでさえ口をつけない…食い物も木の皮のスープか雑草ばかりだ…病気も蔓延してる」

「この世の地獄だな…亡命希望者が毎日のように列を作るはずだ…」


ジェイスは出された酒をクッと飲んだ。
喉が焼けるように強い酒で、目が覚める。

ジェイスは店主にダメもとで尋ねてみた。


「なぁ…人を探してるだが」

「ほう…どんな奴だ?」

「バージニア・フェンスターという吟遊詩人(ぎんゆうしじん)だ」

「知らんな…ウチの酒場は吟遊詩人が歌えるような場所じゃないしな」


吟遊詩人は歌を歌いながら旅をする放浪人だ。
だいたいは街や村の酒場で、酔っ払い相手に旅の実話を歌い日銭を稼ぐ。

しかしこの酒場には至る所に人がいて、凄くにぎやかだ。
隣の人の話声も聞こえないような酒場で、吟遊詩人は歌わない。


「そのようだな…」

「力になれなくてすまねぇな…」

「…じゃあ…『馬の悪魔』の噂を聞いたりしてないか?」

「…うまのあくま?…なんだそりゃ…童話か何かか?」

「いや…実話だよ…真っ白で銀のたて髪を持った『馬の悪魔』…人間に化けることもできる…」

「知らないな…」

「そうか…」

「あ、でも…」

「?」

「『馬の悪魔』は知らないが…狼の神様がいる村なら知ってるぞ」

「おおかみのかみさま?」

「村人からは『神狼様(しんろうさま)』と呼ばれて崇められてるらしい…ダルケルノという村だ…ここから馬車で半日くらいかな」

「『神狼様』ね…どんな神様なんだ?」

「詳しいことは知らねぇが…毎年村人1人を生贄として捧げる代わりに、村を守ってもらっているらしい」

「生贄を要求する神様か…どこにでも血生臭い話はあるもんだ」

「まぁこんな時代だしな」


ジェイスは少し考え込むと…
気になることを店主に尋ねた。


「そのダルケルノ村…って言ったか?…近くに湖か森があったりしないか?…なんていうか湿気が多かったり」

「湿気…?」

「あぁ」

「ダルケルノは深い森に囲まれた村だよ…よくわかったな」

「…」


湿気の多い場所は人の負の感情が溜まり易く、悪魔が住みつきやすい。



「ちなみにその村に娼館(しょうかん)はあるのか?」

「娼館…?」

「あぁ」

「確かあったはずだ…しかし女を買うならグラインフォールの方が安上がりだと思うぞ…」

「…」


ジェイスはこの情報を聞いて『馬の悪魔』はそこにいると確信した。


「(バージニア・フェンスターのおまけ程度に考えていたが…もしかしたら先に見つかるかもな…『馬の悪魔』…ディページ)」

「ほれ、お待ち」


ジェイスは出された干し肉を食らう。
酒も一杯だけおかわりして、少しの談笑を楽しんだ後、店を後にした。





そこからジェイスは、半日ほど馬車に揺られる。
馬車には他にも行商人や老夫婦などが乗り込んでいた。


「もうそろそろダルケルノ村ですよ」


馬車乗りがそう言ってから、馬車は深い森を入っていく。
話に聞いた通り湿気は多かった。

しかし獣の鳴き声も全然しない、静かな森だ。
狼の神様がいる村にしては、一度も狼の鳴き声も聞こえてこない。
どうやら安全な村ではあるらしい。



「ここまでだ…」



馬車は村の入り口で停まり、来た道を引き返していく。
また半日かけてグラインフォールに戻るのだろうか…効率の悪い商売だ。

ジェイスは村の入り口から村を眺める。
死体や糞尿の臭いもしないし、露店もたくさんある。
閉鎖的な村だと面倒だとは思っていたが、ここまで平和そうだと拍子抜けだ。

外では戦争をしているフュリーデント公国だが…
国内は比較的安全な国なんだろうな。

ジェイスはそう思った。


「さて…」


ジェイスは村の入り口で会話していた農民風の男性達に話しかけた。


「少し尋ねたいんだが…」

「ん?…どうした旅の人…美味い酒場ならそこの店がオススメだぞ…宿屋は一つしかねぇが、この道を真っ直ぐ行った先にある」


農民は手慣れた様子でジェイスの質問に答える。

ダルケルノ村は周りに森しかなく、産業もあまり発達していない。
そのため外村との交易を活発に行っており、村の外から来た者に慣れているのだ。


「…この村に娼館があると聞いたんだが」

「こんな時間から女を買いたいのか?若いってのはいいねぇ」

「…旅の疲れを癒してもらいたくてね」

「村の外れに一つだけある…しかし夜にならねぇと若い娘はいないぞ」

「そうか…ありがとう」


どんな世界も男とは馬鹿なものだ。
しかしそんな男を飯のタネにして生きる女もいることを忘れてはいけない。

男が女を買う娼館という商売は…
まさにそんな両者の需要と供給がばっちり噛みあった場所なのだ。


ジェイスは娼館を目指して歩く。
ダルケルノは広い村だった。低い建物ばかりだが、もう街と言っても過言ではない。

これだけ村が栄えたのは安全であるという証拠なのだが…
人が寄り添う場所には悪魔はつきもの。

特に女がたくさんいる村は…あのエロ悪魔…いや、
『馬の悪魔』であれば、なおさら住み心地がいいに違いない。



「ここだな」



娼館は村の外れにあった。
二階建ての建物で、店の外観には赤いランプがつるされているが、火は灯されていなかった。

まだ明るい時間だったため営業は始まっていないようだ。


バタン…


ジェイスは扉を開く。
そこには服がはだけた健康そうな若い女性が受付として座っていた。

前言撤回…
ランプはついてないが営業はしているようだ。


「どーも…」

「いらっしゃい…どんな娘が好みかしら?」

「いや、遊びにきたわけじゃないんだ…」

「そうなの?…うちの娘はどんな人にでも最高のサービスをするわよ…一度試してみない?」

「女は金ではなく口で落とすタイプなんだよ」

「あら…紳士なのね」


女性は二コリと笑った。


「白髪の青年がここに入り浸ってないか?見た目は少年と言ってもいいかもしれない…顔立ちは整っているが俗っぽくておしゃべりで…あととにかく女好きだ」

「ディページくんのことかしら…?」

「…」


ジェイスは少し呆れていた。
こうも簡単に見つかるとは思わなかったのだ。


「…そいつに間違いない…会わせてくれるか?」


女性は少し悩んでいる。
ジェイスは面倒だったので…


「そいつが払った2倍の金を払う…そいつのいる部屋に案内してくれるだけでいい」


女性は少し悩むそぶりを見せた後…


「いいけど…物を壊したりしないわよね?」


と返答した。
どうやら女性はジェイスを借金取りか何かと勘違いしているようだ。


「あぁもちろん…店のものは壊さないと約束するよ…ディページ『くん』にはわからないが」

「…わかったわ」


商売人はわかりやすくていい。
ちゃんと自分の損得を理解している。

ジェイスは女性の案内で2階に向かう。

2階の廊下に入ると、たくさんの部屋の扉が並んでいた。
男たちは買った女とこの部屋の中で遊ぶ。

どの部屋も静かなものだったが…
一番奥の部屋から、若い男女の笑い声が聞こえていた。


「あの部屋よ」

「ありがとう…助かるよ」

「でも…あんまりいじめちゃだめよ?…ディページくんウチの常連さんなんだから」


思いっきりいじめるつもりだったジェイスは…
彼女の顔を見ないでこう言った。


「…それは聞かなかったことにする」


ジェイスは何の警戒心も無くその扉の前までいくと…勢いよく扉を開いた。


バンッ!


「きゃッ!」

「な、なに!?」

「…!!!!」


中には2人の女と、白髪の若い男がいた。
全員裸で、ベッドの上でイチャイチャしていたようだ。

白髪の若い男はジェイスを見るなり、ただでさえ白い肌がさらに蒼白になった。


「じじじじじじ、ジェイス!!??」

「よう…ディページ」


女2人はヤバい雰囲気を感じ取ったのか…
ベッドから降りて身体を布で隠した。


「悪魔のくせにいいご身分だな?…ずいぶんモテモテじゃないか?」

「は、はは!嫌だなぁ…!違うんだよこれは!それにジェイス様に比べたら、俺なんて全然モテないですってぇ!…はははは」


ちなみに…
普段はジェイスに「様」なんてつけない。


「俺から盗んだ金でずっとここで豪遊してたってわけか?」

「はは…ははは」


白髪の男ディページが不器用な作り笑いをする。
ジェイスは2人の女性にこう言った。


「俺はあなた達に危害を加える気はない…すでに金は払ってる…できればこの男と2人きりにしてくれないか?」

「ディ…ディページくんに何をする気なの?」

「男同士がベッドの上でやることなんて決まってるだろ…?」

「…?」

「え?」




「…拷問だ」

「ひいいい!!!」

「や、やめてください!」


女性達はジェイスに声で対抗した。


「よく聞け…こいつは人間の姿をしているが中身はオロバスという馬の姿をした悪魔だ…愛嬌はあるがあざとく、ずる賢く、欲深い…」

「…」

「…悪魔?」

「俺はこいつに大きな借しがある…2人だけにしてくれ」


ジェイスの圧に押され…
女2人はお互いの顔を見合った。

そしてお互い頷きあうと、ディページに小さい声で「ごめんね」と言って部屋から出て行った。


「そんなぁ…」


ディページは肌も髪も真っ白な少年のような見た目をしていた。
全裸だったが、首には金色の文字が彫られた首輪をつけている。
そして、瞳は燃えるように赤かった。

気弱な少年のように見えるが…
彼の本性を知っているジェイスは、容赦なくディページを睨みつける。


「言ったはずだぞディページ…その首輪がついている限り…お前は俺の所有物だとな」

「わわわ、わかってますって!ちょっとご主人様から離れて休暇を頂きたかっただけですって!」


ご主人さま…なんてのもこういう時にしか言わない。
必死にご機嫌を取ろうとしているらしい。

ディぺージはジェイスに敗れた悪魔である。
命を奪わないことと引き換えに、ジェイスに使役されることを選んだ。

ジェイスにとって悪魔を使役することは珍しくなかったが…
そのほとんどはホークビッツにあるジェイスの家で封印されている。

ディページが封印されていないのは、本来の姿である馬としての利用価値があったからだった。

悪魔なのにも関わらず人間が大好きで愛嬌のあるディページは、旅先の女から妙に愛される。
数年旅の馬としてジェイスのお供をしてきたディページだったが、1年前、突然ジェイスのもとから逃げ出した。

ジェイスの旅の資金を持ち出して。


「休暇ね…1年間もか?…本当に俺からものを盗んでただで済むと思っていたのか?」

「はは…」

「いいかよく聞けディページ…お前がフュリーデント公国にいることは大分前から知っていた…だが面倒だから放っておいただけだ」

「…ごくり」

「俺がその気になれば、例え世界の反対側にいようと一日でお前を見つけ出し、痛めつけることができる」

「もうしません!もうしません!どうかお許しを!」

「なら今すぐ服を着ろ」

「はい!!!」



ディページは転びそうになりながら服を着替える。
部屋は散漫としていて、酒の瓶が至るところに転がっていた。

こんな遊び方をしていたら盗んだ金も全部使っちまってるだろう。
ジェイスもそれを直ぐに理解して、大きくため息をついた。


「でもなんで急に…俺はてっきり逃がしてくれたもんかと…」

「仕事のついでだ…フュリーデント公国で人探しをしてる…来る途中にお前のことを思いだした」

「仕事のついでに捕まっちゃう俺って…」

「なさけない悪魔だな」

「うぅ…」


ディページは落ち込んだ様子だったが…
服を着替えると、それまでのことが無かったかのように椅子に腰かけ…
わがもの顔でワインを飲み始めた。


「それでジェイス…誰を探してるんだ?」

「お前…少しは反省したんだろうな?」

「してるしてる!ほら、このとおり」


ディページはペコリと頭を下げてワインに口をつけた。
まぁ、悪魔に紳士な態度を期待する方が馬鹿だ。

ジェイスはそれを痛いくらい知っていた。


「バージニア・フェンスターだ…お前も会ったことがあるだろ?」

「あぁ…あのチャラチャラした吟遊詩人か…」

「お前が言うか」

「けどなんであんな奴探してるの?」

「ホークビッツの宰相(さいしょう)に命じられてな…奴を殺しにきた」

「殺すって…なんかしたの?」

「宰相の歌をホークビッツ中に広めたんだ…その内容が…まぁひどいもんでな」

「馬鹿にした歌を歌ってたわけね…でもいいの?友達じゃんバージニアって」

「あぁ…小さいころによく遊んでもらった…」


ジェイスがそう言うと…
ディページは悪魔らしいニヤリとした笑いを向けてきた。


「人間ってさぁ…本当に罪深い生き物だよねぇ…」

「…」

「悪魔でさえ悪魔を殺すようなことはめったにしないよ?なのに今世界で一番人間を殺している種族が…同じ人間であるなんてねぇ…」


ディページは…確かに人懐っこい悪魔ではある。

しかし、人間を馬鹿にしている時の顔を見ていると…
やはり悪魔なんだなと改めてジェイスは実感する。


「…そうだな」

「まぁいいよ…どーせ俺に拒否権なんかないんだろ?」

「よくわかってるじゃないか…お前1年間もこの国にいたんだろ?何か知らないか?」

「知らないねぇ…娼館のある村を転々としてたんだ…このダルケルノに来たのは2カ月くらい前かな…旅の途中で吟遊詩人もたくさん見たけどバージニアは見なかったなぁ」

「そうか…」







少し話したあと、ジェイスはごねるディページを連れて部屋をでた。
ここからはディページを連れてフュリーデント公国を旅することになる。

先ほどの女たちと挨拶をして娼館を後にしようとしたその時…
1人の娼婦が声をかけてきた。


「あの…」

「…?」


娼婦は美しい髪をした女性だった。
下着だけ付けたセクシーな出で立ちはそそられ…いや、視線に困るが…

身体はほどよく引き締まって、いかにも自立している感じだ。
年齢はジェイス達よりもずっと上のようだが、とても魅力的な女性だとジェイスは思った。


「ジェシカ!」


どうやらディページは面識があるようだ。
まぁ2カ月もここに入り浸っていたようだから当たり前と言えば当たり前なのだが。


「お金ならお支払いしましたが?」

「えっと…違うんです…その…少しお話をさせてもらえないでしょうか?」

「…?」


ジェシカは一枚上着を羽織り、娼館の外へ俺たちを連れだした。
森の広がる店の裏手までくると…神妙な面持ちで俺にこう聞いた。


「あの…モンスタースレイヤーのジェイスさん…ですよね?」

「あぁ…そうだが」

「お噂は聞いております…」

「おっ!やっぱ有名人なんだねジェイス!さっすが国々を放浪するモンスタースレイヤーどの!よッ!『吸血鬼殺し』!」

「黙ってろ…」


ディページはずっとジェシカの肌けた胸元を見ていた。


「俺に何か頼みたいことか?モンスタースレイヤーとしての仕事なら断る理由は無いが…金はしっかり支払ってもらうぞ」


ジェイスは初めて出会う人には決して優しくしない。
優しい男と思われると足元を見られるし、何より都合よく使われるのが嫌だった。

…というのは建前で。
本当は一度助けてしまうことで、情が湧いてしまうのが嫌だった。

ジェイスは勇者ではない。
だからこそ最初に金の話をして、相手の様子をうかがうようにしていた。


「…もちろんお支払いいたします」

「安心したよ…悪いが俺は旅の身だ…ツケは効かないからな?」

「はい…」


ディページが「相変わらずだなぁ」という視線でジェイスを見る。
ジェイスはそれに「ほっとけ」という視線を返す。


「この村にいる『神狼様(しんろうさま)』のお話を御存じでしょうか?」

「『神狼様』…?…あぁ、狼の神様だっけか…グラインフォールの酒場でそんな噂を聞いたよ…たしか1年に1度生贄を捧げてこの村を守ってるとか」

「はい…そうなんです」

「それがどうした?」

「それが…」


ジェシカは一瞬黙ったあと…
勇気を振り絞ったように言葉を発した。


「今年の生贄が…私の娘に決まってしまったのです…」

「わお」

「…」

「気の毒に…村の風習とは言え…心中は穏やかではないだろう」

「えぇ…この風習はずっとこの村と共にありました…自分がいつ生贄に選ばれてもいいように覚悟もしてきたつもりです」

「…」

「ですが…私の娘だけは…その…私、どうしても耐えられなくて…」



娘が生贄として捧げられる…
母親とってそれはどんなに辛いことなのだろう。

ジェシカは肌けた自分の胸を抑える。
ディページは抑えられた胸元をまだずっと見ていた。


「それで私…村の人には内緒で、森の奥にいったのです…」

「…?」

「森の奥にいらっしゃる『神狼様』へお願をしに
…」

「お願い?」

「はい…」


ジェシカはグッと唇をかみしめて…
もう一度口を開く。


「今年の生贄は…娘ではなく、どうか私にしてくださいと」

「…」

「本当はいけないことなんです…『神狼様』と会うことができるのは村長とその年の生贄だけ…私は無理だと思いながらも、森に入りました」

「それで?」

「『神狼様』は私の前に姿を見せてくださいました」

「…姿を見せた…?」

「…はい」

「足が軽い…というか、ずいぶん社交的な神様なんだな」

「…はい…でも…」


ジェイスはジェシカの顔が曇っていくのを感じた。
勘の鈍いディページにも分かっただろう。

それほど彼女の顔は、悲しみとも不安ともとれるものに満ちている。


「そのお姿は…私には神様に見えませんでした」

「神様に見えなかった…?」

「…」

「どういう姿だったんだ?」

「なんというか…その…」

「…?」

「…」

「怪物のようだった…?」

「…」


村の神様を『怪物』と言うのに抵抗があるのだろう。
ジェシカはジェイスから視線を外した。

しかし…
彼女は娘のことを考えた。
そして、決断をした。


「はい…あれはまるで、狼の魔獣」

「…」

「顔は狼でしたが、人の言葉をしゃべり…人のように2本足で立つ…とても恐ろしい存在でした」

「襲ってはこなかったのか?」

「はい…私が娘のことをお願いすると…とても低い声でこう言ったのです…」



「私の前に姿を見せるなッ!私を誘惑するなッ!」



「…誘惑?」

「はい…」

「ジェシカちゃん…えっちな格好で行ったんでしょう~??」


ディページがくだらないことを言い始めそうなので…
ジェイスはすぐに話を戻した。


「それで…?」

「そのまま…逃げ出すように私の前から姿を消していきました…深い森の奥へと」

「…」

「なんだか気持ち悪い神様だねぇ…不気味~」


と言っている本人が悪魔なのは置いておく。
ジェイスはすぐに考えはじめた。

そして答えを導き出す。


「『神狼様』についてだが…」

「はい…」

「顔は狼だが人間のように二本足で立っていなかったか?」

「たしかにそうです…」

「毛の無い肌の部分は灰色では?」

「まさしくその通りです!でもどうして…やはりかいぶ」


ジェシカは声に出すのもおそろしいのか…
その先は何も言わず…コクリと一回うなづいた。

ジェイスは彼女に対して一つの結論を話す。


「…それは神様じゃない」

「…!そ、それでは…あの恐ろしい存在は一体なんなのですか?」


ジェイスはここまでのジェシカとの対話で仮説をたてた。


「十中八九…『人狼(じんろう)』だろう」

「人…狼…」

「狼をたくさん殺した人間の呪われた姿だ…いわゆる呪縛生物(じゅばくせいぶつ)と言われる怪物だ」


『神狼』ではなく『人狼』。
それがジェイスの導きだした答えだった。

呪縛生物とは、悪魔や呪術者、または深い恨みによって呪われた存在である。
『人狼』はそのなかでも人間を限定とした呪いであるがゆえに報告例も多く、非常に有名。

空腹の呪いとも言われており、『人狼』になったものは永遠に満たされない空腹に苦しむ。
しかも食べられるものは人間だけに限られ、それ以外のものは口に入れた瞬間に灰になるという。

例え人間を食べたとしても空腹が満たされることは無く、すぐにまた人間を襲う。

狼の姿となり、人しか食らうことを許されない呪い。
狼を殺した人間に与えられる…重い重い罰。


「そんな…」

「…」

「…それでは、私たちの村はずっとそんな呪われた存在のために何十年も生贄をささげ続けてきたというのですか?」


ジェシカは深く傷ついているようだ。
神様だと信じていた存在が、ただの呪われた人間だった。

その絶望感は想像もつかない。


「あくまでアンタの話から導きだした仮説だ…新種の可能性もあるし、まだ決まったわけではないがな…」

「…」

「それにまだ疑問も残る…」

「疑問って?」

「『人狼』は人間を食らう…」

「?」

「近くにこんな大きな村があるのに…襲いにこないどころか、村を守るなんて聞いたこともない」

「…」


ジェシカは返答に困っている。
今の今まで、考えたことすらなかったのだろう。


「ジェシカと言ったか?」

「はい…」

「最初に言っておくが…俺は弱い者を守る勇者でもなければ、英雄でもない」

「…わかっております」

「しっかり報酬は貰うからな…」

「はい…」




「しかし…それに見合った仕事は、しっかりとこなそう」



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