銀の姫はその双肩に運命をのせて
「しまった、ディアナを隠せ!」
「隠せって、どこに? 人が入る場所なんてどこにもな……」

 慌て過ぎたグリフィンは、とっさにディアナをしっかりと腕の中に包んだ……けれど、王太子妃の目にはグリフィンとディアナがいちゃついているようにしか映らなかった。

 場の空気が、凍りついた。

「な、なんということ。王太子さまが寝込んでおられるというのに、痴乱騒ぎとは。ほんとうに嘆かわしい。どうしましょう。王さま、王妃さま。この者を野放しにしていいのですか」

 激しい怒りのあまり、王太子妃はディアナに喰いついてしまいそうな勢いだ。王太子妃に続いて、王と王妃も寝室から出てきた。

「そうだね、このまま放っておくわけにはいかないね」
「仕方ありません。王太子が目覚めるまで、捕らえておきましょうか」
「おことばですが、王と王妃。ディアナは、普通のお姫さんだ。銀脈も見つけたことがない、ただのお姫さんだ。まずは王太子の快復を願うが、誰が毒を盛ったのか、もっとよく調べてほしい。銀の国にも問い合わせてくれ。ディアナには野心などない。逃げるはずもない」
「グリフィン、王のおことばですよ。抗うおつもりですか」

 消極的ながら、ディアナは捕縛されることが決定した。
 綸言汗のごとし。一度放たれた王のことばは、覆らない。

 ディアナは血の気が引いてゆくのを感じた。賓客から、暗殺の容疑者に落とされる。けれど今、騒ぎ立てるのは混乱を招くだけ、誤解が消えるのをじっと待つほうがいい。ディアナが無実なことは、調べればすぐに分かるはずだ。

 まだ、グリフィンはディアナの体を包んでいた。烙印が押された自分をかばい、意見してくれるなんて、とても危険なのに。ディアナはグリフィンの腕を、もういいと言うようにそっと振り解いた。
 王子は不審そうな視線を投げかけてきたけれど、これ以上関わらないでほしいと、目で制する。

 しかし、王太子の命は助けたい。
 王たちが控えの間に姿を現したおかげで、寝台で眠っている王太子がディアナの目にも入っていた。顔色はすこぶる青く、なにかにうなされているのが遠くても見て取れた。

「これを託します」

 惜しげもなく、ディアナは自分の守り刀を差し出した。

「ここに、我が国秘伝の万能薬があります。これを、王太子さまに差し上げてください。なるべく早いほうがいいでしょうが、私が信じられないでしょうし、いったん薬師に調べさせてからのほうがよろしいかもしれませんね」

「そんなあやしい薬を、王太子さまに!」
「冗談じゃない」
「この姫は、銀の国からの刺客か」
「銀の国は、ルフォンを乗っ取ろうとしている!」

 周りの者が驚くような大きな声で、王太子妃は拒絶をあらわにした。当然の反応だ。『毒を盛った』ディアナから新たな薬が差し出されたのだから。

「お疑いになられるのはもっともですが、我が国は銀の国、鉱山の国です。これは、銀を採掘する鉱夫たちにも支給されると聞きますから、鉱毒にも効くはずです。王太子さまの毒は、鉱毒らしいとのこと」

 鉱山には、危険が多い。採掘の際の落盤、有毒ガスの発生、粉塵の吸い込み、銀精製の過程で扱う劇物。実入りはよいが、作業現場は過酷だという話だ。
 ディアナの一族は鉱夫をできるだけ好待遇にしてきたが、限界がある。国の繁栄のために鉱山という最前線で働いている貴重な薬を分け与えるのも、当然のことだった。

 王は戸惑っていたが、王妃が手を伸ばした。

「分かりました。預かりましょう。実は、万事尽きていたのです。我が国の医師も総出で治療を行いましたが、容態ははかばかしくなく」
「王妃さま、そのような胡散臭いものに頼る必要はありませんわ! 王太子さまはお強いお方。きっと、自力でご回復なさいます」
「念のためです、王太子妃。私もこれを信じているわけではありません。鉱毒など、この国はじまって以来の大事件。折悪しく滞在している銀の国のディアナに、疑いがかかるのも当然です」
「……どうぞ」

 ディアナは守り刀ごと、王妃に薬を託した。使うも使わないも、これで預けたことになる。

「素晴らしい細工の刀ですね。このような事態でなければ、もっと愛でていたかった」
「恐れ入ります」

 王妃は薬師のひとりを呼び寄せ、小声で指示を出した。さっそく、丸薬の成分調査に入るのだろう。一刻も早く使ってほしい。こうしている間にも、王太子の体は衰弱してゆく。体力が低下しすぎてしまったら、たとえ薬を飲ませても存分な効果は期待できないかもしれない。

「母上、ディアナはわたしに任せて」

 キールがディアナの手を握った。

「いいえ、いいえ! ディアナ姫への疑いは晴れたわけではありません! 私は姫を信じていますが、どこか、違う場所へ」

 王妃にとって、キールは自分の腹を痛めた大切な子ども。鉱毒を操っているかもしれないディアナと共に過ごさせるわけにはいかない。

「王妃、ディアナの身柄は私が預かります。よろしいですね」
「……厩舎か。グリフィン、しばらく頼んだぞ」
「御意」

 王の命令により、ディアナは客人の身分を剥奪され、厩舎で軟禁されることに決定した。
 場の流れと勢いに乗じ、ディアナを即座に処分しようと画策したふしのある王太子妃はとても無念そうだったが、王には逆らえない。一瞬だけ口許を歪ませたが、なにもなかったかのように踵を返して、毒に苦しむ王太子の傍に戻った。
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