銀の姫はその双肩に運命をのせて
「姫、ご無沙汰。元気だった? ほら、差し入れだよ」

 キールの従者たちが、手に手に生活用品をかかえていた。毛布に着替え、絨毯や食器、書物などもある。

「まあ、こんなにたくさん。ありがとうございます。アネット、案内して差し上げて」

 ディアナの命令を受け、アネットはキールの従者と厩舎へ向かった。

「寒いでしょ、厩舎。ほとんど屋外みたいなものじゃないか。それに、退屈じゃない? わたしの部屋に来てもいいんだよ。姫はなんにも、我慢する必要はないんだ。ずっと包んであげるから、一緒に暖まろうよ」

 グリフィンが眉を曲げて、あからさまにいやな顔をした。おそらく今、相当いらいらしているところだろう。

「お心遣い、感謝します。でも、厩舎は面白いですよ、とっても。私の居場所は藁部屋なんですけど、干したての藁はふっかふかでした」
「ぷっ。未知の世界だからね。お姫さまは、すぐに飽きるよ」
「あの、それより王太子さまのご様子は」
「うーん、まだ良くないね。きみをかばったせいか、王太子妃の機嫌が悪いから、わたしもなかなか近くに寄れないんだ」

「私が渡した銀の薬、使えましたか」
「まだだねぇ」
「キール、あの」

 キールに頼みたいことがいくつもある。ディアナは身を乗り出していた。

「お前ら、静かにしろ。私語を慎め。ここは調練場だ」

 グリフィンの怒号を、キールは笑い飛ばした。

「おーお。グリフィンが嫉妬ですか、似合わないなあ」
「うるさい、と言っているだけだ。誰が嫉妬なんか。分からないのか、黙れ。黙れったら。黙れ」
「強がっちゃって。なあに、ディアナ。わたしにできることなら、なんでもしてあげるよ。遠慮なく言ってみて」
「は、はい」

 明るい笑顔はいいのだが、交換条件でも出してきそうなところが、キールを信頼できない理由のひとつになっている。

「あの、王太子妃さまとお話がしたいんです。グリフィンには断られてしまって。早くあの薬を、王太子さまに使ってほしいんです」
「うんうん、なるほどなるほど。それは、わたしも同意見だね。なのに、グリフィンは断った? 姫の、まっすぐな願いを? どうしようもない堅物だな」
「お願い、キール。グリフィンがだめだったからキールに、ってわけじゃないけど、王太子妃さまとはより親しいですよね」

 脳裏に、宮殿の奥深くでの激しい口づけ……もとい『治療』の光景がいまだにちらついて、ディアナの全思考を妨害する。新婚早々、年下のうつくしい義弟に、王太子妃は乗り替えようとでも企んでいるのだろうか。

「そうだね。わたしがお願いすれば、王太子妃はなんでも聞いてくれるだろうね」

 意味ありげに鼻で笑うキールから、思わずディアナは目を逸らした。

「気になる?」
「えっ」
「どういう意味か、知りたい? 教えてあげようか」
「キールと、王太子妃さまの、仲ですか」
「うん。見ていたんでしょ、遠乗りのときの治療」
「や、ややっ。そんなに見ていませんよっ! ちょっと迷子になりかけただけで、でも、グリフィンに連れ戻していただきましたし」

「ほほう、なるほどね。グリフィンと覗き見していたのか。王太子妃はね、若いだけではなく、異国生まれだから、いい免疫を持っているんだよ。遠ければ遠いほどいいらしい。ルフォンではあまり見かけない体質なんだ。あれを見て、姫、変な気持ちにならなかった? じゃあ、俺らもしようかなんて。あのグリフィンは、油断ならないからね」
「なりません! なりませんってば! あのときは、なにがなんだか」

 うろたえるディアナを、キールはさらに執拗に責めた。

「あのとき、は? それ以外のときに、やっちゃったわけかい。初めてはグリフィンだったのか、まったく。どうりで、わたしの治療にも昨日のディアナは慌てなかったのか」
「慌てました。でもそんなことより、王太子妃さまと交渉してください、ディアナがお会いしたいと」
「じゃあ、行ってみようか」

 かちゃり。

 キールは、なんの断りもなくディアナの腕に手錠をかけた。

「……え」
「これで逃げられない。もう片方は、わたし」

 もう一度、かちゃり。

 ふたりは、手錠という戒めでつながれてしまった。

「なにやってんだ、お前ら! 騒ぐなと何遍言ったことか」
「退散しますよ。グリフィン、ディアナは任せて。本来、今日のディアナはわたしのものでした。反論はさせません」
「おい、そいつは軟禁の身。勝手に動かすな。カギを出せ」
「わたしが一緒です。誰にも文句は言わせません。ささ、グリフィンは調練に忙しいから、このへんでお暇を申し上げましょう」

「おい、どこに行く! 姫、戻れっ。ディアナを監察するのは、この俺だ」
「済みません、王子。ちょっと油断した隙に、これをキールにはめられてしまいました。用事が終わったら、すぐに戻ります」
「待て、待てと言っている! いくら年下でも、キールは遊びの限りをつくしている。素直だけがとりえのぼんやり姫では、勝負にならないぞ。すぐに押し倒されて、まるっと喰われて、純潔はお終いだ」

「ごちゃごちゃうるさいのは、グリフィン。姫とわたしをくっつけるふりをして、実は横からかっさらう作戦? 性格悪いなあ」
「キール。お前、王太子妃と組んで、悪巧みしているんだろうが。白状しろ。俺が調練から抜け出せないのを知って、わざと挑発しているんだろう? この腹黒王子め」
「悪巧みなんか、してないって。あんな年増、せいぜい利用するだけさ。わたしには、かわいいディアナがいるんだ。ささ、行こう、ディアナ」

 キールが腕を引くと、ディアナの足が一歩、自然と進んだ。手がつながっているから、行動をともにするしかない。

「ごめんなさい、グリフィン。少しだけ、見逃して。あなたの迷惑になるようなことはしないと、約束します。私、どうしても王太子さまを救いたいの」
「ふん、勝手にしろ。知らん。そんなもの、はめられやがって」

 グリフィンはディアナから視線を外した。

「ほらほら、保護者殿からお許しも出たことだし、気が変わらないうちにさっさと行こうよ。ね?」
「人のことばっかりで、足もとを掬われるなよ。姫、侍女ぐらい連れて行け」
「は、はい」

「用が済んだら手錠はすぐに外せ、キール。そいつは、愛玩動物じゃないからな」
「はーい。ほんとは、首輪でもよかったんだけどねぇ。ディアナって、なんだか犬っぽいよね。小・型・犬」

 藁部屋で模様替えに勤しんでいたアネットは、キールに連れられたディアナに目を丸くて驚き嘆いたけれど、とにかく東の棟に同行した。
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