銀の姫はその双肩に運命をのせて
 部屋に居並んでいる皆がディアナ姫を注視している。姫はそのまなざしにこたえるように、自信たっぷりに宣言する。

「ほら、なんともありません。むしろ、体力と気力が充実してきたぐらいです」
「気力? 充実、いいねえ。今夜はじっくりかわいがってあげられるね。期待しよっと」
「ふ、ふざけないで、キールってば!」
「いやいや、夜も元気な姫を放ってひとりで寝るわけにはいかないでしょ」

「王太子さまの容態がいい方向に向けば、私は厩舎に帰ります! ルフォン王の命が下るまではおとなしくしていますわ」
「ほんとうに恥ずかしがりやさんだねぇ、姫。いいんだよ、無垢な姿のままで、わたしの胸に飛び込んでおいで」

 王太子妃が唇を噛んで、ディアナを睨みつけている。

「認めません。絶対に、認めない。ぼんやり姫が、王太子さまの昏睡を治すなんて。そんなこと、絶対にあってはならないのに」
「観念しなよ、シェイラ。あなたの負けだよ」

 キールは薬師のひとりに薬を渡し、また守衛兵には『これから投薬する』ことを王に伝えるよう、走らせた。
 どんなに騒いでも、キールの判断が覆らないことを知ったシェイラは部屋の隅に置いてあった椅子に足を組んでどっかりと腰かけた。普段の王太子妃ならば、こんなにお行儀の悪い格好はしない。

「では、見学させてもらうわ」

 室内の動きがあわただしくなった。
 勢いで飲んだ薬のせいか、ディアナの体は熱く、火照っていた。鼓動が高鳴る。不安に飲まれかけて弱っていた心に、気力がみなぎりはじめた。緊張しているせいもあるのだろう。薬師から、一杯の水をもらい、やっと落ち着くことができた。

 間もなく、王と王妃も駆けつけたが、幽閉中のディアナの姿を見ても特に咎めなかったから、ディアナは深く頭を下げた。

「ディアナ、はじめるよ」

 キールのひとことで、王太子への投薬がなされる。銀の刀の柄から取り出された薬が、キールの手のひらから薬師に渡された。薬師はこれを細かく砕き、少量の水で溶かした。

「シェイラ、兄さまにこれを飲ませて」

 当然ながら、シェイラはあからさまにいやな顔をした。

「いやよ、なぜ私が」
「この仕事まで、ディアナに任せるつもり? 協力したほうがいいと思うよ。毒じゃないのに、まさか怖いとでも? ディアナの口移しで目覚めたことを知ったら、ロベルト兄さまはどうするだろう。神殿で誓いを立てたとはいえ、婚礼の相手と死別したら、新しい王太子妃を立てられるという決まりだったよね。毒の淵から蘇った王太子と、シェイラが死別するためにはどうするか……分かるよね」

 意味ありげに、キールは視線を王たちのほうに流した。ここで助力しておけば、ディアナだけに手柄を取らせることを防げる。

 打算が勝ったらしい。シェイラはドレスの裾を翻しながら立ち上がった。うつくしい脚が、見え隠れする。

「……分かったわよ」

 そのことばを聞いて、いちばんほっとしたのはディアナだった。キールは王太子に薬を、口移しで飲ませるつもりだったらしい。いくら『治療』の一環とはいえ、自分には難しい。

 シェイラはキールから薬の入ったカップを受け取ると、王太子の枕元に立った。
 寝台の前に、シェイラ、王に王妃、キール。少し離れてディアナ。
 部屋の隅では、薬師たちがそれぞれ胸の前で手を合わせて祈っている。

「少しずつでいいから、ね」

 結局はキールに乗せられて、シェイラも動く。薬を口に含んだが、シェイラに変化はない。

 静かな息だけを漏らしている王太子の唇を、王太子妃はゆっくりと塞いだ。二度、三度と繰り返して薬を流し込む。王太子は寝ているから、気をつけないと薬が口からあふれてこぼれてしまう。人工呼吸するような要領で、王太子妃は働いた。
 やがてコップはカラになると、王太子妃は王太子の手を握り、早く起きてと呼びかけた。

 先ほどまでと、態度がまったく違う。まめまめしいシェイラに、ディアナは感動さえした。

「これでいいの、銀の姫?」

 シェイラの呼びかけにも、放心していたディアナはすぐに反応できなかった。

「は、はいっ。あとは祈るばかりです」
「莫迦ね。祈るだけなら、誰にでもできるの」
「おつかれさま、シェイラ。姉さんなら、きっとやってくれると思っていたよ」

 ようやく、笑顔が広がる。あとは回復を待つばかり。銀の薬は万能だ。王太子はきっと、目覚めてくれるはず。
 多忙な王と王妃は、王太子が目覚めたら知らせるようにと薬師に言い残し、王太子部屋を後にした。
 ディアナ、シェイラ、それにキールはじっと王太子を見守る。

「ちょっと、効かないじゃない! やっぱり、毒? それか、薬にも毒にもならないただの気休め?」

 気が短いらしいシェイラはまくしたてた。

「銀の薬は、なんにでも効きます! 即効性があるかどうかわかりませんが、そのうち効いてくるはずです」

 ついムキになって、ディアナも対抗する。

 けれど。
 それほど時間はかからずに、王太子の身に変化が訪れた。最初に、異変を感じとったのは王太子と手をつないでいるシェイラだった。

「ねえ、だんだん指先があたたかくなってきたわ!」

 驚いたキールは、シェイラが握っている手とは反対の、左手を取ってみた。

「ほんとうだ。さっきよりも、色がいい」
「頬も、うっすら赤みが差しているんじゃない? 王太子さま、ロベルトさまっ。私の声が聞こえて?」
「兄さま、キールです」

 ふたりが順番に呼びかけると、ぴくんと指がかすかに動き、ほんの少しだけ、手を握り返してきた。

「指が、手が! ロベルトさまぁっ」

 目はまだ開かない。声も出ない。だが、名前を呼べばかすかに反応が返ってくる。
 ディアナもそっと王太子の手を取った。確かに、どっしとした手ごたえがある。ぐったりしていた先ほどまでの手ではない。

「王太子さまが、ご回復なされています!」

 薬師たちに向かって、ディアナは叫んだ。これからが優秀な医師団がなんとかしてくれるだろう。

 ……よかった。
 ディアナの仕事は終わった。へたれ込みそうになる心を抑え、静かに部屋を出ようと思ったけれど、キールと腕がつながれていたことをすっかり忘れており、キールを引っ張ってしまった。

「ちょっと姫。勝手に動かない」
「ご、ごめんなさい。でも、私の出る幕は終わったし、あとは王太子妃さまたちにお任せしたいから」
「ほんっとに、きみは欲がない子だね。王太子サイドに、もっと恩を売ったらいいのに。私の薬のおかげよって」
「いいの。キール、行きましょ」
「ふたりっきりになれていちゃいちゃできる場所なら、喜んでお供つかまつりましょう」
「……いちゃいちゃではないけど、お願いがあるの」
< 28 / 37 >

この作品をシェア

pagetop