密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「おい、新入り! お前、皮剥きは終わってんのか?」

「終わりました」

「そうか。なら買い出しを頼む」

 頷きながら、同時に疑問が襲う。買い出しの予定はなかったはずだ。

「夜に使うレモンが切れそうでな。ちょっと頼まれてくれ。持ち分の仕事が終わってんなら、夜までに戻る条件で行ってこい」

「わかりました」

 なんと料理長は自由時間もくれるという。
 カトラは羨ましいと言ってくれたけれど、買い物が終わったのならすぐに城へ戻るつもりだ。自由な時間より観察を続ける方が有意義と私は考えている。
 王都を発つという主様の姿が、早くと私を駆り立てた。
 
「これが買い出しのメモだ。店の場所も書いてある。確かに渡したからな」

 料理長は今日に限ってはやけに念を押す。そもそもレモン単品の買い出しにメモは必要だろうか。よほどの心配性と、新たに人物情報に付け加えておかなければならない。

 メモを開いた私はそういうことかと納得していた。
 彼らは仲が良かった。通じ合っていたとしても不思議はないだろう。
 メモを手に、私は厨房を飛び出していた。
 わき目もふらずに走り出せば、走れば近くの木にとまっていたモモが何事かと追いかけてくる。けれど事情を説明している時間はない。
 メモには簡潔に、素直になれと書かれていた。そして待ち合わせの場所が記されている。
 たったそれだけの文面だ。説明は一切ない。それなのに私は誰が何のために、何を言いたいのか、はっきりと理解していた。
 ジオンに背中を押されたことは不満ではあるけれど、溢れ出す主様への想いはもう止まらない。モモには大人ぶった態度を見せた癖に、なんて情けない。
 でも、これが最後なら……

「主様、主様! やっぱり、やっぱり私、会いたいです!」

 メモの文字は主様と私、そしてジオンだけが解読できる特別な暗号で記されていた。
 私が意地を張っていたから、あのお節介な上司に仕組まれてしまったらしい。
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