密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 私はジオンから指定された民家で彼らの到着を待っていた。
 テーブルの上には果物カゴに入れられたレモンが置かれている。帰りにはこれを持って行けということだろう。
 しばらく待つと指定通りの来客があった。
 一人は屈強な体格の男性。そしてもう一人は彼の背後に隠れるようにして佇んでいる。
 主様は私の姿に僅かな驚きを見せていた。目を見開かれたけれど、瞬く間に元の表情を取り繕う。つまりこれはジオンの独断ということだ。

「突然申し訳ない」

 本当に。前もって打ち合わせしてほしいと私は頷いていた。

「我々はリエタナを目指す途中なのですが、生憎御者が不調をきたしまして。本人は少し休めば治ると主張しておりますので、その間だけで構いません。どうか我が主を休ませてもらえないでしょうか」

 言いたいことはたくさんあるけれど、とにかく私はシナリオ通りに動いた。

「それは大変でしたね。たいしたおもてなしもできませんが、どうぞ中へ」

「いえ、自分は。主だけで結構です」

「え?」

「自分は外で見張りをしています」

 先導していた私は驚きに足を止める。振り返るとジオンがバチッと片目を瞑ってきた。
 え、何? まさかウインクのつもり?

 てっきりジオンも交えての逢瀬と思っていただけに、二人きりで扉が閉められると頭が真っ白になる。ここへ来ることに必死で、主様と会って話すことなど考えていなかった。
 二人きりになると主様はいつもの調子に戻られる。外でジオンが見張りについたことを確認すると、シナリオという仮面を外した。

「久しぶりだね」

 主様は穏やかに話された。あまりの懐かしさに、私はこれが現実だと信じられずにいる。
< 53 / 108 >

この作品をシェア

pagetop