密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「次に会う時までには呼べるようにしておくこと。いいね? 次は、君の手料理が食べられるのを楽しみにしているよ」

 主様があまりにも当然のように告げて下さるので私は呆けてしまう。

「待っていて、下さるのですか?」

「当たり前だろ」

「時間、かかるかもしれないんですよ? 私、実は料理と呼べるものは……ほとんどしたことがないと申しますか……」

 恥じ入りながら告げると、主様は関係ないと言って下さった。その眼差しは、いつも私に仕事を任せて下さる時と同じものだった。

「待っているよ。未来の我が家の料理人さん」

 その一言で私は悩むことを放棄した。
 もっと、もっともっと、頑張ればいい。いつか主様の期待に応えられるように。期待以上の料理を振る舞えるように!
 たとえ何年かかったとしても頑張れる。この人が信じてくれるのなら、それはどんな力にも勝るから!

「私、絶対に立派な、一流の料理人になってみせます! 主様の好きな物、たくさん作ってみせます!」

「楽しみにしているよ。なら俺は、君のためにとびきりの野菜を育てておこうかな」

 主様の好みは肉よりも野菜だ。これはしっかりと習得しておかなければと気合を入れる。
 穏やかに笑い合えば、家に入った時の緊張感は消えていた。

 幸せを胸にドアを開ければジオンがニコニコと……にやにやと表現するべき笑みを浮かべて待ち構えている。

「道中お気をつけて」

 けれど外へ出たのなら、私は配役通りの役を演じなければならない。彼らとはここで初めて顔を合わせた者同士であると。いくらジオンに苛立ったとしても、腹に拳をお見舞いしてはいけないのだ。
 二人も感謝を告げるだけで、言葉少なに去っていく。

「モモ、いる?」

「いるわよ~! 何か御用かしら?」

「お願いがあるの」

「さーちゃんのお願いならどんとこいよ!」

「私は大丈夫だから、主様たちの旅路を見守ってほしいの」

「あたしが見守るのはさーちゃん専門なんだけど……しょーがないわねっ! さーちゃんのためにも見守ってあげますか!」

 モモは言うなり旋回し、主様たちの後を追ってくれた。モモがいれば危険が迫った時、いち早く知らせることが出来る。

 どうか無事、リエタナに到着しますように。

 私には願う事しか出来ないのだから。
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