身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~

「身体は辛くないか?」
「うん。つわりなんだと思ったら、気が楽になった」
「料理は無理しなくていいからな。デリバリーでもいいし、俺が作ってもいい」
「そんなわけに……」

 琴音が言い終わる前に、唇を開いてぱくりと噛みつき、琴音の言葉を封じた。激しくはないけれど、ゆっくりと舌を絡めて味わうようなキスに、琴音の意識は蕩けてしまいそうになる。
 長く続くキスに夢中になっていれば、閑の手がいつのまにか首筋を離れ、琴音の下腹に当てられる。

 ちゅ、と最後に啄んで額を合わせると、俯いて琴音の腹部を見つめながらとても幸せそうにつぶやいた。

「……ここにいるのか」
「……うん」
「なんか、不思議だな」

 そうして下腹を守るように手で温めたまま、彼は琴音の瞼に口づけもう何度目になるかわからない「ありがとう」を口にした。
 琴音は、うんと小さく頷く。とても嬉しい。けれど少しだけ、微笑みが苦くなる。

 自分が、これ以上ないほどに大切にされていることは、よくわかっている。琴音を気遣い、まるで真綿で優しく包みこむように、どんな風にも当てないようにと。
 琴音の妊娠を本当に喜んでくれていることも。だけど、琴音が望んでいるのは少し違う。一方的に大切にされるのではなく、夫婦なのだからちゃんと支え合えるようになりたい。それに。

 ――私はいつのまにか、贅沢になってしまったのだろうか。

 ほんの少しだけ、聞きたいのはお礼の言葉ではないと、小さな願いを飲み込んだ。



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