灰かぶり姫最後の冒険
エピローグ
 2130年 5月某日
 図書館の答えが解かれたとき、この国は少し変わるだろう。
 そのときわたしがこの世にいなくても、国を愛する者がいればいい。
 この、灰で汚れた王国を——
(これが最後のページとなる)


「配転……か。ま、あんだけ騒ぎを起こしたんだし当然だよな。別にいいけどよ」
 王女を見つけ出した功績をさし引いても、指名手配されたり車を盗んだり塔牢を破壊したりと(そこは自分のせいではない気もするが)、ツバキの失態は始末書だけでは済まされなかった。
 無事賞与は出たものの、リクドウ卿への借金の返済と塔牢の修理でほぼ使ってしまった。結局ツバキはレイチョウの代打として、例の副業を担いながらのスクラップ勤務となった。
 見送りのプラットホームで、餞別のようにレイチョウが『アカザ』のバンダナをツバキに託す。
「若いうちの苦労は買ってでもしろと言うからな」
「……へいへい、お言葉痛み入ります。でも少佐が灰都に行かなくなれば、チビがさびしがりますよ」
「アオイは、コミューンの美術学校に入れることにした。休暇には、そっちに連れてもどる。お前は心配せずに業務に励め」
 相変わらず高圧的な笑みのレイチョウに今度はしっかり敬礼すると、ツバキはひとり列車に乗った。
 遠ざかってゆく『丘』を見ると今や蓋のように覆いかぶさっていたドームはなく、城は灰の中、まっすぐと新芽のように天にのびていた。
 ぼんやりと車窓の外を眺めていると、ふいに通路から声をかけられる。
「お隣り、いいですか?」
「ええ、いいっスよ——」
 ふり返ったツバキは、シートがひっくり返りそうになるほど仰天した。
 大きなトランクを下ろし、白衣のアニスが照れたように笑って通路に立っている。
「おまっ……アニ……いや王女!?」
「えへへ、わたしも来ちゃいました」
「来ちゃいました、じゃないだろ! 何やってんだ!」
 額にだらだらと汗を流すツバキにおかまいなしに、アニスは荷物を備えつけのラックに上げる。
「スクラップ地区に面する湾が、輝安鉱の採地だって明らかになりましたよね。わたし、王の後を継いで、レアメタル応用学の研究をするために来たんです。鉱床はX線の調査で——」
「いや、説明はいい、いい。どうせよくわかんないから」
「そうですか。とにかく、これで灰都も以前より経済が安定すると思います。マンホールタウンの住民のひとたちも、地上でお仕事できそうなんですよ」
「そうか、そりゃよかった……いや、それはともかく護衛はどうした!」
「あら、スクラップ駐在の気鋭の近衛兵がいるじゃないですか。ここに」
「いやいやいや……研究員だって他にもいるだろ? 何でわざわざあんたが、ここに来るんだよ!?」
 シートにじりじりと後退るツバキに、アニスは真面目な顔で答えた。
「……そばにいたかったから」
「へ?」
「リクドウさんの——そばにいたく、って……」
 アニスの顔がぐしゃりとゆがむ。堰き止められていたダムが崩壊するように、込み上げる嗚咽を抑えきれず、アニスは泣きじゃくった。
 わけがわからずツバキは硬直する。
「……お、王国は誰が?」
「ひっく……シュ、シュウカイドウさまが継ぎます。海外の大学に留学して、何年か後ですけど。わ、わたし、わたしは……」
 説明するそばから、また涙が出てくる。アニスはもうまわりも気にせず、ツバキの胸に飛び込んでわんわんと大泣きした。
「リクドウさんのそばにいたいんです。お仕事の邪魔はしません。だめですか? わたしがいっしょに行っちゃ、だめですか?」
「……いや、別にだめじゃない」
 ツバキは一度だけ、ぎゅっと力を込めてアニスを抱きしめた。
 だがそこは人目があるので、アニスの肩越しの乗客に気まずそうに苦笑いを送る。
 抱きつかれたまま一時間。いくつものトンネルを抜け、再び灰の街が近づいて来た。けぶった車窓越しに、アニスは最初で最後だと思っていた冒険が、また始まるのを感じる。
 相変わらずの曇り模様でも、ふたりは広がる空のまぶしさに、思わず笑って目をつぶった。

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