間宮さんのニセ花嫁【完】
梅子さんのスパルタ稽古に果てていると茶室の外から「開けるよ」と声が聞こえてきた。
「あれ、稽古終わりか?」
「まっ……千景さん!」
茶室に顔を出してくれた間宮さんは着物ではなく洋服に身を包んでおり、茶室に入ってくると心配そうに私の顔を覗き込む。
「違いますよ、休憩しているだけです」
「そう……上手いこと点てれたか?」
それが……、と私は彼から気まずそうに目を逸らした。何度か挑戦したものの、梅子さんのお手本のようにきめ細やかな泡が立たず、自分で飲んでみても美味しいとは思えない。
その前に点てる時にも様々な作法が存在するので、そっちを覚えるのが先になりそうだ。
「取り敢えず今日は初日だし、これぐらいにしてあげたらどうかな。明日仕事もあるしな」
「はぁ、貴方は甘やかしすぎですよ」
間宮さんが来てくれたお陰で何とか今日の稽古は終わりそうだ。
今何時なんだろうと時間を確認しようとすると間宮さんに声をかけられる。
「今から少し出掛けるんだが、飛鳥も付き合ってくれないか?」
「っ……今からですか?」
「うん」
まだ名前で呼ばれることに慣れていなく、彼の口から私の名前が出る度にドキッとしてしまう。
間宮さんは「じゃあ飛鳥借りるね」と梅子さんに告げると私の手を引いて茶室を後にする。
出掛ける準備をした後、玄関で待ち合わせをしていると運転席に乗った間宮さんが車を寄せてくれた。
「間宮さんが運転するんですか?」
「うん、そうだけど」
だから着物じゃなくて洋服だったのか。改めて彼の格好を確認すると白のトップスに黒いテーパードパンツ、その上から薄着のジャケットを羽織った何とも爽やかな装い。若すぎず老けすぎず、彼にとても似合っていた。
ジャケットに隠れた左手首からチラ見する時計は詳しくなくても高級なのが何となく分かった。