お忍び王子とカリソメ歌姫
「……なんだか意外ですね」
 言ってしまってから、はっとした。馬鹿にしたように聞こえてしまっただろうか。
 しかしメイドはしれっと答える。
「キアラ様は姫様ですし、お客様もご親戚や貴族のお嬢様ですが。少女であられる方々のプライベートの集いですわ。このようなお歌を好まれるのは当然かと」
 それもそうである。王室開催の公的イベントではないのだ。あくまでも『超・高級女子会』と思っておけばいいらしい。
「そ、そうですよね……。大丈夫です。これとこれは歌ったことがありますし、こちらも楽譜はすぐ手に入るかと」
 指を指して示していく。
「そうですか。では譜面のご用意などは不要ですね。こちらではなにが必要でしょうか」
「では、譜面台と、あと失礼ですが間に飲ませていただくお水などございましたら……あと……」
 普段仕事で使っているものがあるにはあるが、バーの備品なので持ち出せやしないし、王室にはふさわしくないだろう。なので思いつく限りの必要なものを紙に書いていく。幾つか並び、それ以上思い浮かばなかったので「とりあえずこのあたりがあれば、お仕事は可能かと」とサシャはメイドに提出した。
「ではこちらをご用意いたしましょう」
 打ち合わせは一旦終了となり、メイドがテーブルの上の呼び鈴を鳴らして使用人を呼んだ。
 『メイド』といっても、それは『王室付きメイド』。今、この国では上流階級の部類にも入るので、むしろ『メイドさん』と呼ぶほうが失礼かもしれない。
「サーシャ様。お飲み物はなににいたします?」
「で、ではお紅茶を」
 思いつかなかったので無難に返事をすると、メイドはしれっと「ではわたくしはブラックコーヒーをお願いしますわ」と言った。使用人がすぐにふたつのカップを持ってくる。どちらもあつあつの飲み物が入っていた。
「それにしても、どうしてわたくしなのでしょうか」
 用事も済んだので、流れで世間話になってしまった。この〆のお茶を飲んだら解散であろうが。サシャは疑問を口に出す。
「言いましたでしょう。キアラ様たってのお願いですと」
 メイドはコーヒーになにも入れずに飲みながら、しれっと言った。
「それはそうなのですけれど。……キアラ様は、わたくしが高貴な身分などではないとお分かりだと思いますが」
「好奇心旺盛なお方ですからね。サーシャ様が歌姫をされていると聞いて『私、違う意味のお姫様にお会いしたわ』と、パーティーのあとから随分はしゃがれておりましたよ」
 少女にしたら、物珍しいのもあるだろうが興味を引く出来事や話だったのだろう。
 そのあたりはやはりシャイに似ている、とサシャは思った。身分など気にしない、それより好奇心を優先してしまうカジュアルな気質。そういう性格も影響しているのだろう。だからこそサシャのことも気に入ってくださったのかもしれなかった。
「そう、なのですね……。あの、お礼を申し上げてくださいませ。身に余る光栄です」
 サシャは今度は心から頭を下げた。シャイの妹様だという以外にも、素直なキアラ姫の気持ちが嬉しかった。メイドはやはり素っ気なく「お伝えしますわ」と答えただけだったが。
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