お忍び王子とカリソメ歌姫
「うん、つまりこれが俺の事情だ。今まで黙っていて悪かった」
「……そんなこと、ないわ」
 サシャの言葉は喉に引っかかったようになっていた。
 喉が熱い。涙でも零れそうだ。
 彼の抱えていたものの重さやら、自分に恋をしてくれたことへの嬉しさやら、それから家の複雑な事情と婚約についてやら。
 ほかにもたくさんの事実や感情が胸に迫ってきて、ついにこらえきれずにぽろっと涙が零れた。シャイはもちろん慌てたようだ。
「悪い。失望、したか……?」
「違うわ」
 サシャは零れた涙をぐいっと拭った。泣き顔など見せたくない。
「私のこと。抱えているものをすべて話しても良いと思うくらいに想ってくれるのでしょう」
 まっすぐにシャイを見つめる。シャイも硬い眼で見つめ返してきた。二人の視線が交わる。
「……そうだ。知っていてほしかった」
 とくとくとサシャの胸が熱くなっていく。また涙が零れそうだったけれど、ぐっとこらえて、サシャは笑った。無理にではあったけれど、嫌な意味で無理をしたわけではない。
「それなら、私は嬉しいわ。シャイのこと、きちんと知れて」
「……ありがとう。泣くほどつらいだろうに」
 その言葉は自分を慮(おもんばか)って言ってくれたものだとわかっていたから、サシャはもう一度笑うのだ。
「つらさだって、愛しているひとのことなら受け入れるわ」
「……ほんとうに、サシャは強い女性(ひと)だね」
 不意に、シャイが立ち上がった。手を差し伸べて、サシャのことも立ち上がらせてくる。
 促されるままに立ち上がったサシャは即座に、腕に抱き取られていた。ぎゅう、と痛いほどに強く抱きしめられる。
 けれどそれもきっと、シャイの抱いてくれる気持ちの強さ。サシャは安心して彼の背中に腕を回した。とくとくと伝わってくる鼓動が心地いい。
「初恋が実って、俺は幸せだ。……愛してる」
「私もシャイを愛してるわ」
 当たり前のように言い交わし、しばらくそのままでいたのだが、シャイがふと声音を変えた。
「気付いてたかい。外」
「外?」
 サシャは窓に背中を向けていたので、外は完全に見えない位置であった。なので、シャイから少し離れて振り向く。見えたものに、思わず「わぁ」と感嘆の声をあげてしまった。
 ちらちらと白いものが降っている。
 雪だ。
 これほど降っているのを見たのは、今まで生きてきて数えるほどしかない。
 うつくしかった。とても。
「雪。サシャの国ではあまり降らないだろう。ゆっくり見るといい」
 見入ってしまったサシャを少し可笑しく……いや、愛しく思ったのだろう。シャイはそう言ってくれる。
「綺麗なものね」
「雪遊びでもしていくかい」
「それも楽しそうだわ」
 言い合い、くすくすと笑う。
 シャイのこと。
 抱えている事情を知った今、楽しい気持ちや嬉しい気持ちばかりではない。
 それでも自分で言ったように、『つらい気持ちだって、愛しているひとのため』。
 だから、いい。
 今はつらく感じられることすら、幸せなことなのだから。
 雪を眺めていた視線をそらして、シャイのほうを見る。シャイも気付いたようにサシャに視線をくれて、視線がまたぶつかった。どちらともなく、微笑を浮かべる。
 触れ合ったくちびる。まるで心ごと触れ合うような、深くやさしいものだった。
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