腹黒王子の初恋
 そんなある日、辻先輩に指示され資料を作成していた。
 
 「文月くん、辻くんどこ行った?」
 「あれ?さっきまで、いらっしゃいましたけど。」
 「どうしようかな。取引先から急ぎで調べてほしいことがあるって連絡あったんだよね。」
 「そうですか。どこかな。」
 
 オフィス全体を探してみると廊下を歩いて行く辻先輩を見つけた。
 
 「僕、呼んできます。」
 
 小走りで追いかけて行った。
 

 「先輩!」

 先輩は気づかず廊下をずんずん進んでいく。くそ…早い。足が長いのかよ。右に左に曲がりある扉の中に入って行った。

 ドアノブに手をかけ扉を開けようとしたら、

 「…っきは何妄想してたんだよ。」
 「泰晴!ちょっと聞いてよ!さっき、ゆうきゅんが…」
 
 え?妄想…?有給…?ってこの声は鉄女?明らかに声はあの鉄女だ。でも、かなりのハイテンション。自分の耳を疑う程のいつもとは違う声。恐る恐る扉を開けると。屋外。

 辻先輩の隣に鉄女がいるのが見えた。俺は目を見開き固まってしまった。髪を解き、眼鏡をはずし、笑顔で話す彼女。眩しい笑顔から目が離せない。

 「…つじせんぱい…」
 「おお、文月」

 先輩に声をかけたが小声になってしまった。鉄女の姿が衝撃すぎた。

 「どうした?」

 鉄女は目を見開き一瞬で無表情に変わった。初めて目が合ったと思ったのにもういつもの鉄女に戻っていた。

 「あの、谷先輩が至急調べてほしいことがあるそうで探していますが…」

 先輩に話しかけながらも鉄女から目が離せない。彼女はもう違うところを向いてしまい顔を見ることもできない。

 「わかった!すぐ行く!優芽、また後でちゃんと聞くから。仕事がんばれよ。」
 
 辻先輩の言葉に振り向かずに手だけを振る鉄女。っていうか!今「ゆめ」って言ったな。名前呼び?そう言えば鉄女もさっき先輩のこと「たいせい」って呼んでたな。何だよ。この二人。付き合ってんのか。

 「あ、あの…梢先ぱ…」
 「おい、文月行くぞ」

 辻先輩の呼びかけに俺の言葉は遮られた。

 ガチャン。扉が閉まり外に鉄女が残された。俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。彼女の笑顔が頭から離れない。

 「文月、至急調べる事って…?」
 「あ、山之内書店から調べてほしいことがあると電話が入ったそうですが、内容は僕は知りません。」
 「わかった。谷さんに聞いてみる。ありがとな。」

 辻先輩の笑顔が何だかイラつく。

 「さっきの梢先輩ですよね。付き合ってるんですか。」
 「…っはは。嫌、付き合ってないよ。」

 先輩は笑いながらそう答えたきり何も言わなかった。明らかに付き合ってる感じだったけど。俺が知る限り鉄女があんなに笑って話すのは唯一の同期である辻先輩だけだ。しかもそれを知っているのももしかしたら俺だけなのかもしれない。
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