腹黒王子の初恋
「...んっ…」

 うっすら目を開けると、見慣れない真っ白な天井。慣れない独特なにおい。

「あ…れ?」
「優芽?目覚めたか?」

 心配そうな泰晴の顔が視界いっぱいに広がった。

「え?私?どこ...」
「病院だよ。急に倒れたから。大丈夫か?」

 病院...そっか、ちょっと思い出した。さっきすごく立ち眩みして気持ち悪かった。ゆっくり体を起こそうとすると泰晴が手伝ってくれた。

「はー。ホントびっくりしたよ。目の前で倒れるから。」
「ご、ごめん。」

 どのくらい倒れていたのだろうか。なんだかすっきりしてる。腕に刺された点滴。

「目覚めたかな?」

 初老の先生が入ってきた。

「熱計ってみようか。」

 渡された体温計を脇に挿した。

「あの…」
「寝ている間に血液検査しといたよ。特に異常はなかったけど、ちょっと貧血ぎみかな。」
「はあ…」

 曖昧な返事しか出ない。

「ただの疲労ぽいけど心当たりある?よし、熱はないね。」
「あの…最近あまり眠れなかったです。お腹もすかないし…」
「そっかそっか。念のため点滴打っといたから、すぐ元気になると思うよ。」
「ありがとうございます。」
「落ち着いたら帰っても大丈夫だよ。ゆっくり寝てゆっくり食べてあまりがんばりすぎないようにね。」
「はい...」

 先生は気のいい笑顔を残し部屋を出て行った。

「優芽...」

 泰晴が切なく私の名前を呼び抱き締めた。少し痛いくらい。

「泰晴ごめんね。心配かけたね。」
「……」
「もう大丈夫だよ。少し寝たらすごくすっきりした。」
「…大好き」
「ぅん...私も大好きだよ。」

 急に言われて少し驚いたけど私も同じ気持ちだと返した。

「……」
「……」

 少しの沈黙の後、泰晴が腕を緩め私の顔を見つめて言った。

「ホント、俺、優芽のことが大好きなんだ。優芽が思っている以上に...」
「...うん」

 つらそうに微笑んだ後、目をつむった泰晴の顔が近づいてきた。え?キス?私はびっくりして思わず泰晴の胸を押した。泰晴はそんな私の手を握りますます近づいて来た。くっついちゃうって思い私は体を固くした。

 もう少しっていう所で泰晴は止まった。

「ははっ。そんなに嫌?」

 悲しそうな顔をして私を見つめた。あっ。間違えた。私、失敗したよ。

「俺たち別れよう。」

 泰晴が苦しそうに言った。その瞬間、鈍器でなぐられたような衝撃を受けた。

「待って!できるから、ちゃんとできる。」

 目をつむった。泰晴は動かない。

「大丈夫!お願い!もう一回!」

 私は必死にお願いした。でも、泰晴はしてくれなかった。

「もういいよ。優芽。ごめんな。」

 優しい声。胸が痛くて涙が一筋流れた。

「嫌!別れるなんて嫌だよ。」

 目元を優しく拭ってくれる。

「俺が俺か文月か選べって言ったからだよな。文月を選んだら絶交するみたいに言ったもんな。ホントごめん。」
「…違う...違うよ…」

 私は顔を必死に横に振る。

「ホント、卑怯なことした。優芽の気持ちを知っておきながらあんな選択をさせたんだ。」
「……」
「正直付き合い始めて優芽は不自然だっただろ?」

 うん。気づかれてたんだ。

「笑顔もひきつってたし、よくため息ついてた。それにあまり眠れなくなってた。それが分かっていたけどなかなか言い出せなかった。ごめんな。」
「ご...めん...」
「友達に戻ろう」
「え?友達?」

 泰晴が思い切り笑顔で言った。私の大好きな泰晴の太陽みたいな笑顔。

「絶交するなんて言わないから。友達。前のように。きっと俺らはそれが最善なんだよ。」
「本当に?私から離れて行かない?」
「うん。俺が優芽から離れられないしな。」

 笑顔で頭をポンポンなでてくれる。安心してぶわっと涙があふれた。

「たいせい~ごめん、ごめん、ホントごめん。こんな私を好きになってくれてありがとう。」

 泰晴、本当にごめん。私の優柔不断で傷つけてしまった。私は本当に間違えてばかりだ。

 散々泣いて、落ち着いてきた時に泰晴が私に尋ねた。

「優芽、お前文月のこと好きだよな。」
「えっ?」
「ずっと文月を目で追ってたの知ってたぞ。」
「ごめん...」
「謝らなくていいよ。」

 そんなにわかりやすかったかな。恥ずかしくなる。

「早く気持ち伝えてあげろよ。文月喜ぶだろ。その方が俺も諦めつくし。」
「え?でも…?」
「俺に遠慮するなよ。その方が嫌だし。」
「でも、ゆうきゅん私の事好きじゃないよ。彼女いるじゃん」
「えー?彼女?そうかな。俺と付き合うようになってからアイツ不自然に優芽のこと避けてただろ。優芽のこと好きだと思うけどな。」

 泰晴には悪いと思いながらも内心喜んでいる私がいた。でも、期待しないと思いなおす。

「だって、さっきレストランですごくイチャイチャしてたし、キスしてるの見たことあるもん。」
「はあ?キス?よく知らんけど、間違いないと思うぞ。」
「そんなことないよ…」

 自信を持てなくて声が小さくなる。

「さっきのレストランでも、その彼女とやらをほったらかしてすごい勢いで走ってきたぞ。優芽が倒れたの見て。」
「え?」
「すごい必死な様子だったぞ。俺が病院連れて行くって帰らせたけど。」

 たとえそうだとしてもそれは人としてじゃないのかな。私も友達が目の前で倒れたら必死になるよ。

 そうに違いないと思い込ませる。信じられない。もうキスシーンを目撃した時みたいに傷づきたくないし黒い感情で埋め尽くされたくない。

 「よし!」

 泰晴が腕を広げた。何と見つめると。

「最後にハグしよう!これで俺たちは友達になるんだ」
「うん…」

 泰晴の広い腕の中にコテんと身を任した。優しくぎゅっと抱き締めてくれる。暖かくて安心する腕。

「優芽、ありがとうな。少しの間でも優芽と付き合えて、こうして触れられて幸せだった。」
「私も、泰晴、ありがとう。」

 そう言うと泰晴は私に頬に軽くキスを落とした。

「よし!帰るか!送ってく。」









 




 

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