琥珀の中の一等星
「ごめんね、あちこち付き合わせて」
 三軒店を回って、たくさん付き合わせてしまったことに、ライラは軽くごめんねと言った。けれどリゲルは首を振る。
「そんなことないさ。俺も収穫あったしな」
 リゲルは雑貨屋でペンを買っていた。万年筆だ。日記を書くのに使うのだろうか、とライラは思った。もしくは思いついた詩でも書きつけるのかもしれない。
 リゲルの買ったそのペンは藍色の軸をしていて、ライラはどきどきしてしまった。今日の自分の服を意識してしまったので。
 でも、ちょうどいい、と思う。このあとリゲルに渡すもののことを考えると。
「ここなんだけど。紅茶がとっても美味しいの。種類豊富で」
「ほー。洒落てんなぁ」
 ライラの連れてきたカフェを見上げて、感嘆したように言ったリゲルに、そこではっとした。
 このお店はどちらかというと女子向けなのである。
 白い壁。入口には茶色のランプ。建物に沿って、花もたくさん植えられている。
 ……かわいすぎただろうか。男のひとには入りづらいだろうか。
「も、もっと落ち着いたとこのほうがいいかな」
 思わず言ってしまったのだけど、リゲルは不思議そうな顔をした。
「なんでだ? ライラが気に入ってるとこなんだろう」
「そうだけど」
「じゃあいいだろ。入ろうぜ」
 リゲルはまったく気にした様子もなく、先立ってドアを開けてしまった。ライラはそわそわしながら続くことになる。
 ああ、もう少し考えてお店を選ぶべきだった。もう少し入りやすそうなお店とかを。
 でもこのカフェが知る限り、一番紅茶が美味しいのだ。
 美味しいお茶を飲んでほしかった。そんな気持ちで選んだ。
 ライラのそんなそわそわをよそに、リゲルはランチのときと同じように、さっさと店員に挨拶をして席を確保してもらってしまった。ほんとうなら、何回かお店に来ている自分が先導するべきだったのに。
 でもそれは嫌な感覚ではなかった。恋人にするような扱いのようだったので。こんなふうにされれば、やっぱりどきどきは復活してしまうのであった。
「おすすめはどれなんだ?」
「えっとね、ストレートがいいならアッサムかな。あっさりしていて美味しいの」
 席についた頃には落ち着いてきていたけれど。なにしろ馴染みのお店なのだ。緊張もだいぶ和らいで当然。
「変わり種なら、このマッチャっていうのが美味しいよ。紅茶じゃないんだけど、japanのお茶なんですって。ほろ苦いけれど、味わいがあるの」
「へぇ」
 リゲルは『興味津々』という顔で聞いてくれるので、ライラはつい、おしゃべりを発揮してしまった。
「で、寒い季節におすすめなのは、チャイ。シナモンのやつが私は好き。ほかにももっといっぱいスパイスが入ったのも美味しいんだけど……」
「詳しいなぁ。そんなに通い詰めてるのか?」
 あれそれ解説してしまったので、ライラはちょっと恥ずかしくなってしまった。
「あ、え、えっと、来たのは三回くらいだよ。ミアとかと来て……ひとくち味見とかしあって」
「そっか。仲良しの子だったな。女子同士らしくてかわいいじゃないか」
 ほほえましい、という様子で微笑むリゲルはやさしげな笑みだった。その瞳に見つめられると、どきどきだけではなく、胸の奥が締め付けられるような心持ちがする。琥珀色が、あまりにやさしいので。
「じゃ、俺はこのシナモンのチャイとやらにしようか」
「そ、そっか! じゃ、私はロイヤルミルクティーにする」
 注文はその会話だけであっさりと決まり、そしてここまでの道中の話をしている間に、紅茶はすぐにきた。チャイをひとくちすすったリゲルは「美味い」と言ってくれる。
「シナモンスティックで混ぜるタイプとか洒落てんなとか思ったけど。これ、濃さが調整できるんだよな。面白いな」
 言って、スティックを紅茶に入れて、くるくるとかき混ぜている。もうひとくち飲んで、「ん、ちょっと濃くなった」なんて言った。気に入ってくれたようだ。
 お茶を味わい、ティータイムセットとしてついてきた何枚かのクッキーも減ってきた頃。
 今ならいいかな。
 ライラは自身のバッグを引き寄せた。口を開けて、包みを取り出す。シックな黒い包み紙。水色の小さなりぼんをつけてもらった、それ。
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