花のようなる愛しいあなた
昨晩、勧修寺光豊は淀殿に人払いを頼んだ上で小声で話し始めた。

徳川は年が明けてすぐ16万の大軍を引き連れて上洛をした。
そして家康の征夷大将軍の辞任を伝え、秀忠を後任にして欲しいと願い出たことは先に触れた。

「16万ですよ?16万!」
「すごい数ね…」
「そうなんですよ!
後陽成(ごようせい)天皇も実は徳川秀忠を任官するのはどうかなぁって渋ってたんですよね?
でも、徳川家が
『ウチにはこれだけの兵力を動かせるだけの力がある!
他にそんなことができる者がおりましょうか?
何ならウチの兵がどれだけの威力を持ってるか試してみましょうか?』
とか言いながら御所を取り囲んだんですよ!
もう、何しでかすかわかったもんじゃないじゃないですか!
怖くて怖くて!!
それで渋々任命したというか、せざるを得なかったというか…
はぁ…」
勧修寺はガックリと肩を落とした。
主上(おかみ)を脅すなんて何て罰当たりな…」
「いずれ天罰が下ることを願うばかりですよ!」

少しの沈黙があった後、勧修寺は姿勢を正して言った。
「いいですか、お方様、秀頼様!
奸臣(かんしん)徳川に対抗するためには、これからも朝廷と良い関係であり続け、官位を上げて秀吉様と同じ関白を目指しましょう!
そして最終的には太政大臣になって将軍である徳川家を指導する立場になれば宜しいのです。
私は今は武家伝奏として徳川家にも出入りしてますが、これからも情報収集などしていきますから頑張っていきましょう!
九条様や鷹司様もあの時ご自宅が徳川の兵に取り囲まれて軟禁状態だったんですけど、めちゃくちゃ怒ってらっしゃって、これからも豊臣家の為に尽力すると言ってましたよ!」
勧修寺の熱の入った言葉に秀頼も姿勢を正して答える。
「ぜひお力をお貸しください。私もますます精進しなくてはいけないですね」
勧修寺は力強く頷いた後に言いにくそうに言った。
「それと…この家には徳川から来た者たちが多くいますので、その者たちは皆スパイだと用心してください。
そしてお分かりかと思いますが徳川の姫君は大切な人質ですから絶対手放さないようにご注意下さい」
「彼女は僕の家族だ。人質じゃない」
秀頼は少しムッとして言う。
しかし”僕の妻”と表現するのは何か違う気がした。
この時代の政略結婚は名を変えた人質に過ぎない。
そんな事はわかっているがあんなに純粋に自分を慕ってくれる幼い姫に対してあまりにも酷い言い草ではないか。
「…これは失礼を」
勧修寺は頭を下げて退室した。
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