花のようなる愛しいあなた

◇二条城◇

その頃、二条城には三位以上の公卿たちが家康によって集められていた。

「ちょっと教えてほしいんじゃが、近衛殿?」
「何でございましょう?」
「あなた方が、公家の官位保持者が少なくて朝議が全く進まず困ってるって散々文句言うから、武家の人間は役職つけないようにするって方針を固めたのではなかったかね?」
「左様でございますね」
「それなのに、どうしてウチの秀忠が内大臣に叙任されたのかね?」
「いやぁ、それはもう徳川家の御当主であらせられますし」
…この人は何を言ってるのか?
公卿たちは家康に悟られないように目配せしあった。
「そうじゃないんじゃよ、近衛殿!
秀忠も江戸の将軍を継いであまり参内もできないし会議には参加したりもできぬ。
わしと同じ事が起きるではないか。
何のためにわしが右大臣を辞任したと思ってるのかね!?
かような事態を避けるためなのではないのかね?」
「徳川殿のおっしゃる通りではございますが…しかしながら秀忠様のお力は朝廷には必要不可欠かと…!
ねぇ、皆々様?」
関白近衛信尹(のぶただ)の呼びかけに皆が頷く。
それに徳川家から誰か叙任しないと、怒るでしょ?
皆心の中で叫んだ。
「それと何で豊臣家の少年が右大臣に叙せられたのかね?
あんな子供が朝廷行事を取り仕切れるとでも言うのかね?」
「!!!」
そっちか!
そっちの文句を言うために我々は集められたのか!
公卿たちは悟った。
「人事権は主上にありますから、我らがいくら奏上してもその通りになるとは限らないわけでして…」
この国の不思議なことには、権力を持っているものが一番偉いというわけではない。
関ヶ原の戦いの後、朝廷への奏請権は豊臣から徳川に移ったものの、家康の希望が100%通るわけではないし、意図しない人事が下ることもあった。
そこが家康が不満とするところだった。
「あんな引きこもりの子供に何ができるって言うんだ!
誰も疑問に思って止めるものはいなかったのかね!?」
決定権は天皇にあったが、天皇が一人で決めているわけではない。それこそ議題に上がるはずだ。
畳みかけてくる家康に鷹司信房は問う。
「疑問なんですけど、豊臣家はお武家さんなんでしょうかね?」
「…と申すと?」
「豊臣家は摂家ではないんでしょうか?」
「ふむ…」
摂家とは摂政や関白になることができる家のことで、優先的に大臣職に就くことが決められている。
近衛家を筆頭に、九条家・一条家・鷹司家・二条家の5つの家が摂家として認められていた。
日本を平定した羽柴秀吉は武家の最高位である征夷大将軍に任命されたかった。
しかし、将軍には源氏しかなれないという慣わしがあった。
そこで目を付けたのが公家の最高位関白の地位だった。
金を積み、五摂家筆頭の近衛前久(さきひさ)の猶子となり、関白職を継いだ。
そして最高位の関白になった時に朝廷から豊臣姓を賜り五摂家と同様、いや、それより上の立場の家であることを許されたという経緯があった。
ちなみに現関白の近衛信尹は、前久の実子であるにも関わらず秀吉に関白の座を横取りされたという苦い経験があるため、どちらかと言えば徳川寄りの立場を取っている。

「なるほどのぅ…。
確かにそれならばわしが文句言えることではないのう!
よーくわかった」

笑顔で答えた家康に公卿たちは震え上がった。
この先、何が待ち構えてるというのか…。
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