ウソキオ 〜 ウソのキオク喪失から始まる同棲生活〜
6、 俺のプロフィール

◯ マンションのバスルーム→ベッドルーム


耳元で聞こえる余裕なさげな息遣いと、 背中にピッタリと感じるカイの体温。
あとはドクンドクンと鳴り響く、 自分の心音だけしか聞こえない。


糸 「カイは…… 私じゃダメですか? 」

震える声でようやくそれだけ言って、ギュッと目を瞑る。


カイ 「…… くそっ! もう! 」

カイが小さくそう呟いたと思ったら、 糸の身体が足の方からフワッと浮いて、 いきなり移動を始めた。


糸 (えっ?! )


目を開けたら、 すぐ近くにカイの真剣な眼差し。
そして糸の身体はお姫様抱っこされていて……。


糸の視線に気付いたカイが、 すかさず額にキスをして、照れたようにフイッと視線を逸らしてズンズン歩く。


糸の部屋の前まで来ると、 肘を使って器用にドアを開け、 足で蹴り上げて中に入っていく。


ベッドにトスンと糸を下ろすと、 上から両手で囲い込み、 ゆっくり顔を近付けて行った。


糸 (あっ…… )


カイ 「こんなあられもない姿で煽った糸が悪い」

糸が慌てて目を瞑ると、 すぐ近くでカイの余裕なさげな声が聞こえて、 直後に柔らかくて冷んやりした唇が重なってきた。


カイの唇は、 チュッと短い音を立てながら、 糸の唇、 頬、 額、 鼻、 と顔中余すことなく啄み、 そしてまた頬へと移る。

最後に糸の耳元に口を寄せ、 掠れた声で囁きかけてきた。


カイ 「糸、 口を開けて……」

糸 「えっ? 」


その言葉に驚いて、 糸が目と口をパッと開くと、 カイはクスッと小さく笑って、

カイ 「目は閉じてて欲しいな」

そう言いながらまた唇を寄せて来た。


糸 (あっ……! )


そのキスは、 今までのどのキスとも違う、 深くて情熱的なもので……。


かすかに開いた糸の唇の隙間から、 カイの舌が探るように入り込み、 ゆっくり内側をなぞる。

震えるような快感に、 糸が「ハアッ」と吐息を漏らすと、 唇は更に強く押し当てられ、 角度を変えながら口の中を蹂躙していく。


唇が熱を帯びるに従って、 糸の身体にのしかかるカイの重みも増してくる。


いつのまにか、 糸の身体を覆っていたタオルは剥がされ、 カイの右手が糸の肩を撫でていた。

その手が糸の身体のラインをゆっくり辿り、 肩から腕、 腕から腰、 そして太腿を撫でてから、 今度は下から上にツツツと上がって胸の膨らみに触れる。


糸 (ああ、 私はカイと…… )


カイが胸の柔らかさを手のひらで存分に味わってから先端に触れた時……、触れられたその部分から全身に甘い快感が広がり、 糸は生まれて初めての感覚に、 思わず声を漏らしていた。


糸 「あ……っ」

糸が漏らした艶のある声に、 カイはビクッとして動きを止める。


カイは我に返ったように糸の胸から手をどけると、 彼女の身体をぎゅーっと強く抱きしめながら、「は〜っ」と深い溜息をついた。


カイは、 何も身につけていない状態の糸に勢いよく布団を掛けると、 上からポンポンと叩いて、 気まずそうに身体を離した。


カイ 「ごめん、 悪かった。 暴走した」

糸 「…… えっ? 」


カイはそのままベッドの上で糸の方を向いて寝そべり、 右手で自分の頭を支えながら、 左手で糸の布団をポンポンと優しく叩く。


糸 (これってまるで…… 幼い子があやされてるみたい)

要は雰囲気に流されて手を出してみたものの、 正気にかえって思い留まった…… ということなのだろう。


糸 (つまり私には、 そこまでの魅力が無かった…… ということなんだ)


カイに好かれるために頑張ると決めてここに来たけれど、 いきなりこんな形で拒絶されて、 あとはどう頑張れというのだろう。

恥ずかしさと切なさで泣きたくなって、 布団をガバッと顔まで引き上げた。


カイ 「ねえ糸、 俺の自己紹介をしてもいい? 」

糸「…… えっ? 」


カイの声で、 布団をちょっとだけ下げて目元だけ出して見たら、 カイが横からじっと見つめながら、 目を細めていた。


カイ 「俺は糸から俺の記憶が無くなってショックだったけど、 それでも糸が同棲を承諾してくれて、 チャンスをもらえて、 凄く嬉しかったんだ。 ホントだよ? 」

糸 「…… はい」


カイ 「もしもこのまま糸の記憶が戻らなかったとしても、 これから俺を好きになってもらえればいいと思ってるし、 そのために出来ることは全部するつもりだけど…… 俺たちは家庭教師と生徒という(かせ)がようやく無くなって、 やっと同棲生活を始めたばかりだ。 これから徐々に俺のことを知っていってもらいたいんだ。…… 言ってること、 分かる? 」


糸 「…… はい」


カイ 「それじゃあ、 そうだな……。 遅ればせながら、 俺のプロフィールから聞いてもらおうかな。 それで糸も、 聞きたいことがあったらどんどん質問してよ」

糸 「…… はい」

カイ 「じゃあ、 こっち向いて。 顔を見せて」


糸は、 カイの優しさに、 嬉しいような、 悲しいような複雑な気持ちになりながら、 言われるままに身体をカイの方に向けた。


2人で向かい合って寝そべると、 カイは左手で糸の右手を握って話しだす。


カイ 「俺は成瀬カイ。 12月24日生まれの22歳。 身長182センチ、 体重70キロ。 血液型はA型」


糸 (知ってる…… クリスマスイブが誕生日だから、 誕生日ケーキとクリスマスケーキが兼用になっちゃうんだって言ってたよね)


カイ 「名前は片仮名の『カイ』でね、 どうして片仮名かって言うと、 忙しかった両親の代わりにジイさんが役所に出生届を出しに行ったんだけど、 その時じいさんがどの漢字だったかド忘れしちゃって、『ええい! 片仮名でいいや!』って。 適当だろ? 」


糸 「うそっ、 知らなかった! 片仮名ってカッコいいなあって思ってたけど…… 」

カイ 「ハハッ、 ありがとう。 あとは…… そうだな、 好きな食べ物…… これは飲み物なんだけど、 糸が淹れてくれたコーヒーが好きだな」

糸 「コーヒーメーカーが淹れたのに? 」

カイ 「そう。 そこに糸の愛情が注がれると、 格別に風味が良くなる」

糸 「ふふっ」


カイは靴のサイズや好きな色、 家族構成や趣味などをつらつらと述べていく。


糸 (大抵のことは知っている情報だけど、 新しい発見があったり、 何よりカイが私のためにこうして自分のことを伝えてくれるのが嬉しい)



カイ 「それから…… 俺たちが出会った時の話をしようか? 」

糸 「家庭教師の初日? 」


カイ 「そう。 俺が初めて間宮家を訪れた時、 玄関先では、 まず君のお母さんが出迎えてくれた」


糸 (そうだった。私は家庭教師なんて必要ないって言って、 奥のリビングにいて…… )


カイ 「お母さんが糸を呼んだら、 糸は『私は家庭教師なんて!』って言いながら渋々出てきて…… 俺を見て、 黙り込んだと思ったら、 顔を真っ赤にして俯いた」

糸 「ええっ! 」

糸 (そんなに細かく観察されてたのっ?! )


カイ 「声の調子だけ聞いて、 どんな跳ねっ返りが来るのかと思ったら、出てきたのが俺のタイプどんぴしゃの、 可愛い清純派だったから驚いた」

糸 「清純派って! 」


カイ 「見た瞬間にそう思ったんだよ。 今思えばギャップ萌えだったんだろうな」

糸「ギャップ萌え?! 」


カイ 「ハハッ…… だけど、 最初は本当にそれだけだったんだ。…… なのに、 家庭教師として接するうちに、 糸の真面目で一生懸命なところ、 おっちょこちょいなところ、 困った顔や拗ねた顔、 とびきりの笑顔…… そういう全部に惹かれていって…… 君に会える週2日を楽しみにしてる自分がいた」


糸 「うそっ! 」

カイ 「本当だよ」


「本当なんだよ……」と言いながら、 カイは繋いだままの糸の指先に口づける。


カイ 「…… さあ、 ここまでで何か質問はある? 何でも答えるよ? 」


糸は視線を上に向けて考える。


糸 (聞きたいこと…… どうして振った私と同棲しようと思ったんですか? 今の話で語ったカイの気持ちは、 どこからどこまでが本心なんですか? 私のことは…… 抱く気にもなれませんか? …… なんて、 一番聞きたいことは聞けやしないんだ)


糸 「ううん、 何も」


するとカイは、 途端に眉根を寄せて、 不快感を顔に表した。


カイ 「糸は俺に全く興味が無いのかな? 」

糸 「そんな! 」


糸 (カイの方こそ私に興味が無いくせに! )


カイ 「何度も言うけど…… 俺への質問だけじゃなく、 希望とか困ったこととか、 何でも遠慮せずに言って欲しいんだ。 もっとお互いのことを知っていこうよ」


糸 (だったら…… そんなことを言うのなら…… )


糸 「それじゃあ、 お願いがあります」

カイ 「うん、 何? 」

カイは興味深そうに顔を寄せてきた。


糸 「それじゃあ、 今夜から、 私と同じベッドで寝てください」


カイ 「えっ?! 」
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