不死身の俺を殺してくれ
「あ……ごめんなさい。逃げてしまったみたいです」
「お前が謝る必要はない。あの様子だと、たぶん怪我はしていないのだろう。それが分かっただけでも充分だ……」
くしゅん。と、男は突然にくしゃみをする。その肩は微かに震えているのが見てとれた。
「寒いな」
何処までも淡々としている男に、さくらは呆れながら再度タオルハンカチを男の眼前に差し出す。
「だから言ったじゃないですか。早く自宅に帰って着替えたほうがいいですよ。もしかしなくても確実に風邪を引きます」
「……ああ」
しかし、男は呆けたように返事をするだけで、その場所から即座に動こうとはしない。
一体何なんだと、さくらが少し苛ついていると、男は意識を取り戻したかのように、ゆっくりと動き出した。
「お前こそ、早く帰れ。女が夜道を彷徨くな、喰われるぞ」
「はぁ……。意味がよく分かりませんけど、なら帰ります。折角の酔いも覚めちゃったし。あ、そのハンカチは上げますので。では」
さくらは、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれながらも、その場所を後にした。
◇
あの女は何なんだ。最近よく会うな。俺が居る場所に現れては何かとお小言を呟く。まあ、まだ二回しか会ってはいない。偶然と言えば偶然だろう。
……しかし。まさか、俺のストーカーではないよな? 昨今は女でもストーカーをするというからな。実に難儀なことだ。
煉は濡れた髪の毛や身体に貼り付いた服も、そのままに地面に座り夜空を見上げる。
二月の寒空には、キラキラとした小さく見える星々達が瞬いていた。
いっそのこと、このまま凍死出来ないかと思案する。だが、結局死ぬことが出来ないことも煉は知っている。何度も試したのだ。極寒の地で薄布一枚で過ごした時も、寒さで身体が酷く震えるばかりで死ぬことは叶わなかった。
だから、煉はあの女から受け取ったハンカチを使わずに地面にそっと置いた。
柔らかなタオル生地の感触が指先に伝わり、何とも心地よい。そのタオルハンカチからは、微かにほんのりと甘い香水のような香りがした。