不死身の俺を殺してくれ
 遡ること数日前。

「家にいて何もするわけにもいかない。料理と掃除くらいなら俺が受け持とう」

 ある日の休日。煉はリビングのソファーに座ったまま唐突にそう言った。

「へ? 料理とか出来るんですか?」

 そんなまさか。とさくらは胸裏で思いながら訝しげに煉を見る。だが煉は腕組みをしながら、実に自信ありげな表情をしていた。

「ああ。任せろ」

 そう言うなり煉は立ち上がると、冷蔵庫へと直行する。が、さくらはそこで"とあること"を思い出し慌てて煉を制止しようとジャージの裾を思い切り引っ張る。

 だめっ!! そこは開けたら……。

「なんだ。せっかくの服が伸びるだろう」

 いや、そうなんですが。それよりも、だめなんです。そこを開けては……!!

 煉はさも不機嫌な顔で振り向くと、さくらに引っ張られているジャージの裾に手を添える。要するに『手を離せ』という煉なりの意思表示だろう。

 だが、さくらのそんな抵抗も虚しく、冷蔵庫の扉は煉の手によって開け放たれてしまった。

 刹那の沈黙。

「……前々から思っていたんだが、お前は酒を飲み過ぎではないか?」

 冷蔵庫の中身がものの見事にビールオンリーという状態を目にし、先に重々しく口を開いたのは煉だった。呆れている雰囲気がひしひしと伝わる。

「……お仕事終わりのビールは格別ですよ……」

 何の言い訳にもなっていなかったのは、さくら自身が一番よく理解している。だが、言わずにはいられなかったのだ。

「……身体に悪い。毒も少量なら薬になり、薬も多量なら毒になる。アルコールの飲み過ぎは良くない」

 ごもっともなことを言われ、さくらは何も返す言葉がなかった。仕方なく今は煉の言うことに従う。

「すみません……」

 そもそも、どうして私は怒られてるんだろう。ここの冷蔵庫の主は私なのに……。

 胸裏で小さく悪態をつくも、煉に口答え出来るはずもなく悄気る。

 時折、煉は酷く年寄りめいた言動を口にする。先ほどの言葉も、その一つだった。

 そして、思い返せば煉の言葉使いも若者にしては少々独特だと、そのとき初めてさくらは気がついた。

 身体の傷痕や言葉使い。煉を知れば知るほどに更に不思議さが増していく。

 でも悪い人ではないと思う。そんな根拠のない自信を胸に秘めながら、さくらは何やら考えこんでいる煉を眺めていた。

「まずは買い出しをしよう」

「買い出し、ですか」

 どうやら煉は本当に料理を作るつもりらしい。

 さくらは少し不安を覚えながらも、煉と共にスーパーへと向かったのだった。

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