不死身の俺を殺してくれ
何か、とても大事なことを忘れている気がする。
さくらが珍しく勤務中に思考に耽っていると、その疑問は真っ直ぐに自身の脳裏へと舞い降りてきた。
そうだ。八重樫くん……。
結局、あの日の夜。
さくらが居酒屋で八重樫に伝えた言い訳は、マンション前で煉と鉢合わせをしたことにより、全て嘘と化してしまった。
その翌日から何となく気まずい雰囲気が、お互いの間に漂い続けているのだ。
社員食堂へ向かえば、会話はせずとも顔を合わせてしまう確率は高くなる。かと言って、このままずっと八重樫を避け続ける訳にもいかない。
だが、謝罪をすれば余計に深く八重樫を傷付けてしまいそうで、さくらはそれも出来ずにいた。
完全に八方塞がりだった。
最低よね。煉のことを隠してた私が全て悪い訳で。八重樫くんには何の罪もないし、怒るのは当然。
こんなことになるのなら、最初からちゃんと言えばよかった。でも、ならばどう伝えればよかったのだろう。
思考の波に浚われ、無意識に周りの音や気配を遮断していると、突然、誰かに強く肩を揺さぶられる。
「さくら……ねぇ、さくら! 呼んでるよ」
正気を取り戻し視線を上げると、左側の席で優が困惑顔をして、さくらを見つめている。
その反対側には、書類を手にした社員が眉根を寄せて、迷惑そうな表情で立ち尽くしていた。
「す、すみません」
何やってるんだろう、私。これじゃ、上田課長のことをとやかく言う筋合いなんて、ないじゃない。
脳裏で頭を振り自身を叱咤すると、さくらは右側で立ち尽くしていた社員から書類を受け取り、改めて業務へと意識を集中させた。
業務を終え退勤時間になると、さくらは案の定、優に今日の失態を心配されてしまう。
「今日一日、様子がおかしかったけど、具合でも悪かったの?」
「う、ううん。ちょっと、考え事してて……。ごめんね、心配かけて」
「悩み事?」
優の直球な問いに言葉が詰まる。
全てを言えたら少しは楽になれるのかな。と、ふと思う。でも、そしたら私は煉のことを優に打ち明けなければならない。そんな勇気は、まだなかった。
「何でもないよ。だから、気にしないで」
「うん……分かった」
さくらの答えを聞いた優は、そう答えるものの珍しく納得をしていない表情をしていた。