メガネ王子に翻弄されて
第十五章

〇ラッキーランド・園内パレード開始前(夜)
ゆり子「望月くん!?」
望月「……」
大きなラッキーちゃんのぬいぐるみを小脇に抱えた望月が、驚くゆり子を見て微笑む。

ゆり子「どこに行ってたの?」
望月「これを買いに行ってました」
と、自分の膝の上にぬいぐるみを置く。

ゆり子「……お土産?」
望月「いえ。違います。これはプレゼントです」

ゆり子(……もしかしたら野口さんへのプレゼント?)
肩を落としたゆり子がうつむく。

ゆり子「そ、そうなんだ」
シュンとするゆり子の前に、望月がぬいぐるみを差し出す。

望月「受け取ってください」
ゆり子「えっ?」

ゆり子(プレゼントって、私に?)
顔を上げたゆり子の目が丸くなる。

望月「この前、無神経にプロポーズしたお詫びです」
ゆり子「あ……」

× × ×
望月「俺と結婚して、仕事を辞めてください。そうすればすべて解決します」
× × ×
マンションのエントランスでもめた時のことを、思い出すゆり子。

望月「あの時は、本当にすみませんでした」
ゆり子「……私もごめんなさい」
頭を下げ合うふたり。

望月「俺だと持て余してしまうので、香山さんに受け取ってもらえると助かるんですけど」
と、眉根を寄せる。

ゆり子(折角の厚意を無駄にしたら悪いよね……)
望月からぬいぐるみを受け取る。

ゆり子「ありがとう。大切にする」
ぬいぐるみを胸にギュッと抱える。

望月「歩き疲れましたか?」
ゆり子「あ、うん。ちょっとね……」
パンプスを脱ぎ、素足になっているゆり子を見た望月がクスッと笑う。

ゆり子(お行儀の悪い姿を望月くんに見られてしまうなんて……)
花壇の縁から慌てて降りると、急いでパンプスに足を忍ばせる。

望月「今日はたくさん歩くってわかっていたのに、どうして踵の高い靴を履いてきたんですか?」
足元から視線を上げたゆり子が望月を見つめる。

ゆり子「……かわいいと思われたかったの」
望月「誰に?」
ゆり子「それは……」

ゆり子(シフォンワンピースを着てきたのも、足が綺麗に見えるようなパンプスを選んだのも、望月くんにかわいいと思ってほしかったからだよ)
望月の瞳をじっと見つめる。

望月「今日の香山さんは服も髪の毛もふわふわとしていて……かわいいから困ります」
顔を赤らめた望月がゆり子から視線を逸らす。

ゆり子(か、かわいいって言われた! うれしい!)
頬を染めたゆり子が望月から視線を逸らす。

ゆり子「あ、ありがとう。望月くんもいつもとメガネが違うんだね。とても似合ってる」
望月「これ、休日用で度数が低いんですよ」
と、黒縁メガネのブリッジを右手中指で押し上げる。

ゆり子「そうなんだ」
望月「はい」
お互いの顔をチラリと見つめ合ったふたりの視線が再び合う。

微笑み合うふたりの頭上で、パレードが始まる合図の小さな花火が光を放つ。

その音と光でハッと我に返るゆり子。
ゆり子「そういえば望月くんを捜して、野口さんがさっきここに来たの。前で待ってるって」

望月「俺はここで、香山さんとパレードが見たいです」
ぬいぐるみを抱えるゆり子を見つめる。

ゆり子「私もここで望月くんとパレードが見たい……」
花壇の縁に腰を下ろす。

望月「うれしいです」
自分の隣に座るゆり子を見て微笑む望月。

望月「手、繋いでもいいですか?」
ゆり子「……うん」
はにかむゆり子の手に、指を絡ませる望月。

ゆり子(ラッキーランドは夢の国。でも、これは夢じゃないよね?)
パレードの光に照らされる、望月の横顔を見つめる。

指を絡ませ合ったゆり子と望月が、幻想的なパレードを眺める。

〇同・園内パレード終了後
あかね「望月チーフ!」
人が行き交う園内を、望月のもとに向かって走ってくるあかね。

ゆり子と望月が慌てて手を離す。

あかね「どこ行ってたんですか? 前で待っていたんですよ!」
と、頬を膨らませる。

望月「ごめん。香山さんから伝言を聞いたけど、人が多すぎて前に行けなかったんだ」
花壇の縁から立ち上がる。

あかね「一緒にパレードが見たかったのに~。罰としてこれからお土産を買うのに付き合ってくださいね」
望月「……」
あかねが望月に腕を絡ませる。

橘「あれ? 香山さん、もうお土産買ったんですか?」
と、ゆり子が抱えるぬいぐるみを見る。
ゆり子「う、うん。でも同期に渡すお土産がまだなんだ」

橘「それじゃあ、俺たちも行きましょう」
ゆり子「うん」

腕を組む望月とあかねの後ろ姿を見るゆり子の胸がチクリと痛む。

〇野口不動産・食堂(昼休み)
ゆり子「はい。お土産」
市原「お、サンキュ」
向き合ってランチをとる市原に、ラッキーランドのお土産を渡すゆり子。

市原「楽しかったか?」
ゆり子「うん。天気もよかったし、すごく楽しかった」
と、笑う。

市原「そうか。よかったな。開けてもいいか?」
ゆり子「どうぞ」
袋を開ける市原。

中から出てきたのは、ラッキーちゃんのマスコットがぶら下がっているボールペン。

ゆり子「会議の時に使ってね」
市原「バーカ。会議にこんなボールペン使えるかよ」
と、苦笑。

市原「オフィスで使わせてもらう。サンキュな」
ゆり子「どういたしまして」

真面目な顔をしてラッキーちゃんのボールペンを握って仕事をする市原を想像したゆり子がフフッと笑う。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
橘「お先に失礼します」
ゆり子と望月「お疲れさま」
橘がオフィスを出て行く。
あかねはすでに退社済み。

望月「ラッキーちゃんのぬいぐるみ。邪魔じゃないですか?」
ゆり子「そんなことないよ。ソファでお留守番してる」
バッグを持ったゆり子が微笑む。

望月「そうですか」
と、瞳を細める。

ゆり子(あ、笑った)
望月の笑顔を見たゆり子の胸が、トクンと高鳴る。

ゆり子「あの……」
望月「はい」

ゆり子(食事に誘ったら、迷惑かな)
バッグの持ち手をキュッと握る。

ゆり子「このあと……」
望月「……?」
徐々に顔が熱くなるのを自覚し、うつむくゆり子。

ゆり子「……な、なんでもないです。お先に失礼します」
望月「お疲れさまです」
頭を下げると、オフィスをあとにするゆり子。

〇同・開発事業部オフィス外
ゆり子(ダメだ。恥ずかしすぎて、心臓止まる!)
手で顔をあおぎながら、足を進める。

〇社用車内(午前)
望月が運転する車が高速道路をひた走る。

助手席に鈴木マネージャー、後部座席にゆり子が。

望月「香山さん。夢見が丘に到着するまで、寝てていいですよ」
ゆり子「ありがとうございます」
微笑みながら、バッグミラー越しに会話を交わす望月とゆり子。

ゆり子(運転する姿もカッコいいな)
ワイシャツの袖をまくり、ハンドルを握る望月の姿をうっとり見つめる。

鈴木「渋滞もないし、予定より早く着きそうだな」
望月「そうですね。現地視察会に遅刻したらシャレになりませんからね。よかったです」
と、笑う。

〇サービスエリア
駐車場に停めた車から降りるゆり子と望月と鈴木。

ゆり子が自動販売機で缶コーヒーを三本買う。

外のベンチに座り、両手を上げて伸びをしている望月の隣にゆり子が腰を下ろす。

ゆり子「運転お疲れさま」
と、缶コーヒーを渡す。

望月「ありがとうございます。早速いただきます」
ゆり子「どうぞ」
缶コーヒーのプルタブを開けて口をつける望月。

望月「開けましょうか?」
ゆり子が缶コーヒーのプルタブを開けようとしていることに、望月が気づく。
ゆり子「お願いします」
と、缶コーヒーを渡す。

ゆり子(こういう、さりげない優しさがうれしいんだよね)
頬を緩めながら、望月がプルタブを開ける様子を見つめる。

望月「はい、どうぞ」
ゆり子「ありがとう」
望月から缶コーヒーを受け取り、口をつける。

望月「昨日の大雨が嘘のように晴れてますね」
と、空を見上げる。
ゆり子「うん」

望月「仕事じゃなかったらいいのに」
青空に映える青々とした山を見つめながら、望月がポツリとつぶやく。
ゆり子「そうだね」
と、笑う。

望月「今度ふたりでドライブに行きませんか?」
ゆり子「うん。行きたい」
微笑み合うゆり子と望月。

望月「どこに行きましょうか」
ゆり子「そうだな……」

ゆり子(海岸沿いの道路を走るのも気持ちよさそうだな……)
風を受けて走る、真っ赤なオープンカーに乗る自分たちの姿を想像する。

鈴木「食べる?」
目の前にたこ焼きを差し出され、我に返るゆり子。

ゆり子「はい。ありがとうございます」
鈴木からたこ焼きを受け取る。

鈴木「望月くんもどうぞ」
望月「ありがとうございます」
と、たこ焼きを受け取る。

ゆり子「鈴木マネージャー、コーヒーどうぞ」
鈴木「ありがとう」
ゆり子から缶コーヒーを受け取る鈴木。

鈴木「仕事じゃなかったらよかったのになぁ」
望月の隣に腰を下ろし、たこ焼きを頬張った鈴木が、青空に映える青々とした山を見つめながらポツリとつぶやく。

望月「ですよね~」
鈴木「だよな~」

望月と鈴木のやり取りを見たゆり子が笑う。

〇夢見が丘ショッピングプラザ予定地・入口(午後)
岩肌が剥き出しになった丘陵地に、望月が運転する車が止まる。

車から降りたゆり子と望月と鈴木が、もう一台の車でやって来た部長と山田と田中、北関東支社のメンバーと合流する。

関係者に挨拶をするメンバーたち。

隆弘「お疲れ」
ゆり子「お疲れさま」
と、挨拶を交わす。

隆弘「遠かっただろ?」
ゆり子「休憩込みで三時間くらいかな」

隆弘「そうか。しかし昨日の雨が上がってよかったよな」
ゆり子「本当。これで雨だったらテンション下がるもんね」
と、舗装されていない足元に視線を落とす。

隆弘「踵が高い靴で大丈夫か?」
ゆり子「五センチだからそんなに高くないけど……。次からはスニーカーを持ってくる」

隆弘「そうしたほうがいいな」
ゆり子「うん」
ぬかるんだ地面にパンプスのヒールが食い込む様子を見たゆり子が眉を寄せる。

予定地の奥へ足を進める関係者。

隆弘「大丈夫か?」
所々に小石が転がる足場の悪い緩やかな坂を上りながら、ゆり子を心配する隆弘。

ゆり子「うん。大丈夫……キャッ!」
ぬかるみで足がすべり、バランスを崩す。

ゆり子の悲鳴を聞いた望月が、後ろを振り返る。

ゆり子の体を支える隆弘の姿を見た望月の目が大きくなる。
望月(なにがあった?)

望月「ちょっと失礼します」
関係者に頭を下げた望月が、ゆり子のもとに急いで向かう。

望月「香山さん! どうしたんですか?」
ゆり子「……転びそうになっちゃって」

望月「そうですか。怪我してませんか?」
ゆり子「うん。大丈夫」
と、隆弘から離れる。

ゆり子「心配かけてごめんね。戻って」
望月「……はい」
笑顔を見せるゆり子に背中を向けた望月が、関係者のもとに引き返す。

ゆり子「隆弘、ありがとう」
隆弘「いや。でも本当に大丈夫か?」
隆弘に向き直ったゆり子が笑顔を見せる。

ゆり子「うん。大丈夫だよ。ほら」
と、足を踏み出す。

隆弘「そうか。でもその靴じゃ本当に危ないから気をつけろよ」
ゆり子「うん」

隆弘が歩き始めると、ゆり子の顔から笑みが消える。

足を進めるたびにゆり子の顔が歪み、こめかみに汗が滲む。


つづく

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