メガネ王子に翻弄されて
第十六章

〇夢見が丘ショッピングプラザ予定地・入口(午後)
「お疲れさまでした」
開発事業メンバーたちが、頭を下げて関係者を見送る。

北関東支社長「お疲れさまでした」
部長「お疲れさまでした」

北関東支社長「本当はこのあと飲みに行きましょうと、お誘いしたいのですが」
部長「ありがとうございます。でも車ですし、またの機会ということで」
と、笑い合う。

〇社用車内(夕)
高速道路を走っていた望月が運転する車が渋滞にはまる。

鈴木「この時間の渋滞は仕方ないか」
望月「そうですね」
助手席の鈴木と望月が会話を交わす。

望月「香山さん、着いたら起こしますから寝てていいですよ」
ゆり子「ありがとう」
後部座席に座るゆり子を、バッグミラー越しに見た望月が微笑む。

〇サービスエリア(夕)
駐車場に停めた車から降りて、トイレに駆け込む鈴木を見た望月が笑う。

望月「香山さんは大丈夫ですか?」
と、振り返る。

望月「……っ!」
後部座席から降りたその場で、しゃがみ込んでいるゆり子の姿を見た望月が目を見開く。

望月「香山さん!」
慌ててゆり子に駆け寄る。

望月「どうしたんですか?」
ゆり子「……な、なんでもない」
と、首を左右に振る。

望月「なんでもないわけないでしょ!」
ゆり子「……」
右足首に手をあてているゆり子に、望月が気づく。

望月「失礼します」
右足首にあてているゆり子の手を払いのける。

ゆり子「やだ、やめて」
望月「暴れないでください!」
ゆり子が抵抗してみても、望月の動きは止まらない。

望月がゆり子のパンツの裾をまくり上げる。

ゆり子「見ないで!」
望月「……っ!」
真っ赤に腫れあがっているゆり子の右足首を見た望月が息を飲む。

望月(あの時、痛めたのか?)

× × ×
ゆり子「うん。大丈夫……キャッ!」
ぬかるみで足がすべり、バランスを崩す。
ゆり子の悲鳴を聞いた望月が、後ろを振り返る。
× × ×
視察の際、ゆり子の悲鳴を聞いた時のことを思い出す望月。

望月「なんで黙っていたんですか!」
声を荒らげる。

ゆり子「こんな場所にパンプスで来るからだって……。だから女は、ってあきれられるのは嫌」
涙交じりの声でつぶやく。

望月「……」
ゆり子「……っ!」
望月がゆり子を横抱する。

望月「……とにかく冷やしましょう」。
ゆり子「……」
後部座席にゆり子を下ろす。

望月「ハンカチを濡らしてくるので、ここから動かないでください」
ゆり子「……」

望月「いいですね?」
ゆり子「……はい」
と、コクリとうなずく。

ゆり子の頬に伝う涙を望月が指先で拭う。

望月「すぐに戻ってきます」
ゆり子「……うん」
望月が後部座席から離れる。

ゆり子「……」
走る望月の後ろ姿を見つめる。

〇社用車内
望月「鈴木マネージャーを送ったあと、夜間病院に行ってきます」
鈴木「それがいいな。頼むよ」
望月「はい」
高速道路を走る車内で望月と鈴木が会話を交わす。

ゆり子「大丈夫です! 家に湿布あるし」
望月と鈴木の話に割り込む。

鈴木「骨にヒビが入ってたらどうする? ここは望月くんの厚意に甘えなさい」
ゆり子「でもっ!」

鈴木「意外と頑固だね」
と、笑う。
ゆり子「……」

鈴木「きちんと病院で診てもらいなさい。いいね?」
後部座席のゆり子に視線を向ける。

ゆり子「……はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と、頭を下げる。
鈴木「素直でよろしい」
満足げにうなずく。

ハンドルを握る望月がホッと胸を撫で下ろす。

〇病院・外観(夜)

〇病院内
ゆり子「ありがとうございました」
診察室から出たゆり子。
その足首には包帯が巻かれている。

診察室前のイスに座っていた望月が立ち上がり、ゆり子のもとに向かう。

望月「どうでしたか?」
ゆり子「軽い捻挫だって」

望月「そうですか」
と、ホッと息をつく。
ゆり子「心配かけてごめんね」

望月「許しません」
ゆり子「……っ!」
驚きながら望月の顔を見上げるゆり子。

望月「もっと俺を頼ってください」
ゆり子を見つめる望月が柔らかく微笑む。

ゆり子「……はい」
うなずいたゆり子の腕に望月が触れる。

足を引きずるゆり子を支える望月。静まり返った病院内をふたりが進む。

〇社用車内
望月「明日は会社休んでください」
ゆり子「大丈夫だよ。軽い捻挫だし」
運転席の望月と助手席に座るゆり子が会話を交わす。

望月「その足で満員電車に乗るのはつらいですよね?」
ゆり子「……」

望月「有休もたまってますよね?」
ゆり子「……」

望月「明日の金曜日と、土日の三日間は家で大人しくしててください」
ゆり子「……」

前を向いたままの望月とゆり子。

赤信号で車が止まる。

望月「いいですね?」
ゆり子の顔を覗き込む。

ゆり子(うわっ、近い!)
肩がピクリと跳ね上がる。

ゆり子「……はい」
渋々返事をしたゆり子を見た望月が声をあげて笑う。
ゆり子「なにがおかしいの?」

望月「鈴木マネージャーも言ってたけど、意外と頑固ですよね」
ゆり子「……」

望月「ラッキーランドで迷子になった時も、迷子じゃないって言い張るし」
ゆり子「だってあれは迷子じゃないし……」
と、唇を尖らせる。

望月「頑固な香山さんもかわいいですよ」
ゆり子「……」
声をあげて笑う望月の横で、ゆり子が顔を赤らめる。

〇ゆり子のマンション
マンション前に望月とゆり子が乗った車が止まる。

運転席から降りた望月が助手席に回る。

ゆり子「ありがとう」
望月の手を借りて助手席から降りると、ゆり子の体がふわりと宙に舞う。

ゆり子「えっ?」
望月に横抱きされたゆり子が目を丸くする。

望月「このほうが早いので。俺に掴まってください」
ゆり子「で、でも」

望月「俺を頼ってって言ったでしょ?」
ゆり子「……はい」
と、望月の首に手を回す。

間近に迫った望月の顔に見惚れるも、すぐに目を伏せる。

ゆり子(恥ずかしい……)
望月の首に回した手に思わず力がこもる。

〇ゆり子のマンション・リビング
ソファの上に、ゆり子を下ろす望月。

ゆり子「重かったでしょ」
望月「あ~! 腕がっ」
大袈裟に腕をさする望月を見たゆり子の目が丸くなる。

望月「冗談ですよ」
ゆり子「もう……」
ふたりで笑い合う。

望月「留守番、ご苦労さま」
ソファに置かれている、ラッキーちゃんのぬいぐるみの頭を撫でる望月を見たゆり子が笑う。

望月「まだ痛みますか?」
包帯が巻かれたゆり子の右足首に視線を落とす。

ゆり子「うん。少し」
望月「そっか……。こんな状態の香山さんを、ひとり残して帰りたくないです」
と、ポツリ。

ゆり子(それって、ここに泊まりたいってこと?)
寝室に視線を向ける。

寝室のベッドの上で、裸で抱き合う自分と望月の姿が頭に浮かぶ。
ゆり子(無理! だって今日は足が痛いし……って、足が痛くなかったらいいのかって聞かれても困るけど……)

ゆり子「……」
望月「なに考えてるんですか?」
頬を赤くして固まるゆり子が、望月の声を聞いて我に返る。

ゆり子「う、ううん。なにも」
慌てるゆり子の隣に、望月が腰を下ろす。

望月「明日、仕事が終わったら会いに来てもいいですか?」
ゆり子に顔を近づけ、唇が触れそうな距離で尋ねる望月。

ゆり子「……うん。待ってる」
ふたりの唇が隙間なく重なり合う。

〇ゆり子のマンション・寝室(午前)
ベッドの上で目を覚ましたゆり子が時計を見る。

時刻は午前十時十五分。

ゆり子(遅刻っ!)
慌てて上半身を起こし、ベッドから降りようとする。

ゆり子「痛っ!」
包帯が巻かれた右足首を見る。

ゆり子(そうだ。今日は会社休んだんだ)
ベッドに上半身を倒す。

× × ×
望月「明日、仕事が終わったら会いに来てもいいですか?」
× × ×
望月から言われた昨夜の言葉を思い返すゆり子。

ゆり子(早く会いたいな……)
枕を胸に抱える。

〇同・リビング(昼)
ソファに横たわり、テレビを見るゆり子。
テーブルの上には食べ終わった冷凍パスタの空き容器が置かれたまま。

ゆり子(思うように動けないから掃除も洗濯もできないし、テレビもつまらない。暇だな……)
無表情でテレビを見つめていると、テーブルの上に置いてあるスマホが音を立てる。

スマホを手に取ると、【市原慎二】の文字が。
リモコンでテレビを消して応答ボタンをタップする。

ゆり子「もしもし。市原くん? どうしたの?」
市原『どうしたの?じゃねえよ。捻挫したんだって? 大丈夫なのか?』
目を丸くするゆり子。

ゆり子「どうして知ってるの?」
市原『香山が食堂に来ないから、メガネ王子を呼び止めて聞いた』

ゆり子「えっ? 望月くんから聞いたの?」
市原『ああ。なんかマズかったか?』

ゆり子「ううん。そんなことないけど……」
市原『で? 痛むのか?』
包帯が巻かれた右足首を見るゆり子。

ゆり子「うん。まだ少し痛い」
市原『そうか』

市原『あ、悪い。もう昼休み終わるから切るな』

リビングの時計に視線を向けるゆり子。
時刻は午後十二時五十五分。

ゆり子「心配かけてごめんね」
市原『そんなこと気にするなって。また連絡する』
ゆり子「うん」
通話が切れると同時に再びスマホが音を立てる。

ゆり子「わっ!」
慌てたゆり子がスマホを見ると、望月からのLINEが。

LINEのやり取り。
望月【まだ足は痛みますか?】
ゆり子【大丈夫だよ。午後の仕事もがんばってね】
望月【ありがとうございます。仕事終わったらまた連絡します】

笑みを浮かべるゆり子がスマホをタップする。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(昼休み)
席に着き、ゆり子【待ってます】のスタンプを見つめる望月の口元が緩む。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
望月「お先に」
定時と同時に席を立つ。

橘「お疲れさまです」
あかね「……」
オフィスを出て行く望月の後ろ姿を、驚きの表情で見つめる橘とあかね。

あかね「お先に」
橘「お疲れさまです」
バタバタと帰り支度を整えると、急いで望月の後を追うあかね。

〇同・エレベーター内
望月が乗り込んだエレベーターのドアが閉まりかけたとき。
手がねじ込まれ、ドアが左右に開く。

望月「……っ!」
あかね「すみません」
目を見開く望月の前で、息を切らしたあかねがエレベーターに乗り込んでくる。

望月「……」
あかね「……」
望月の隣にあかねが並ぶ。


つづく

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