メガネ王子に翻弄されて
第十八章

〇ゆり子のマンション・エントランス(昼)
ケーキの箱を持つ市原が、ゆり子と望月と向き合う。

ゆり子「急にどうしたの?」
ハッと我に返った市原が、望月から視線を逸らす。

市原「急じゃねえよ。何度も連絡したんだけど」
ゆり子「あ。スマホ、部屋だ」
市原がため息をつく。

市原「見舞いに来たんだけど……」
望月が手にしているスーパーの袋から、徐々に視線を上げる市原。

市原「香山と付き合ってるんですか?」
望月の目を見つめながら、市原が尋ねる。

ゆり子「ちょっと、市原くん。変なこと言わないでよ!」
と、慌てる。

望月「はい。結婚を前提として」
市原を真っ直ぐ見つめる。

ゆり子「えっ? そうなの?」
望月「俺はそのつもりですよ」
驚くゆり子に微笑む望月。

ゆり子と望月の様子を見た市原がうつむく。
市原「……今日は帰るわ。あ、コレ」
と、ゆり子にケーキの箱を差し出す。

ゆり子「ありがとう」
ケーキの箱を受け取る。
市原「じゃあな」
ゆり子「うん」

ゆり子(わざわざ来てくれたのに、悪いことしちゃったな……)
肩を落としたゆり子が、エトランスから出て行く市原の後ろ姿を見つめる。

〇同・ダイニング
テーブルの上に置きっぱなしにしていたスマホを手に取るゆり子。

画面には市原からの着信通知が何件も表示されている。

ゆり子「うわ、すごいことになってる」
と、笑う。

望月「足は痛みませんか?」
スーパーの袋から食材を取り出す。

ゆり子「うん。大丈夫。これなら明日は会社に行けそう」
望月から受け取った食材を冷蔵庫に入れる。

望月「無理しないでくださいね」
ゆり子「望月くんって意外と心配性なんだね」
と、笑うも、望月の表情は冴えない。

望月「……」
ゆり子「どうしたの?」
望月に近づき、顔を見上げる。

望月「……市原チーフに言ったこと、本気ですから」
ゆり子「あ……」

× × ×
望月「はい。結婚を前提として」
× × ×
望月が市原に言った言葉を思い返すゆり子。

望月「今すぐ、俺だけのものにしてもいいですか?」
ゆり子「えっ?」

目を丸くするゆり子を横抱きすると、寝室に向かう。

〇同・寝室
望月がベッドの上にゆり子を下ろす。

ゆり子を組み敷いた望月が唇を荒く塞ぐ。

舌を絡ませる強引な望月のキスは終わらない。

ゆり子(やだ、怖い……)
望月の胸に手をあてて力を込めても、唇は離れない。

ゆり子「……んっ!」
望月の胸を叩く。

望月「……っ!」
ようやく我に返った望月が唇を離す。

息を乱し、涙目になっているゆり子に気づいた望月がベッドから立ち上がる。

望月「すみません。俺……ゆり子さんを訪ねてきた市原チーフを見て、焦りました」
頭を下げる。

ゆり子「焦る?」
上半身を起こす。

望月「市原チーフにゆり子さんをとられるんじゃないかって……」
力なく床に座り込む。

ゆり子「そんなことあり得ないよ……。だって市原くんはただの同期なんだから」
と、苦笑する。

望月「……ゆり子さんって意外と鈍感ですよね」
と、あきれ顔。

ゆり子「……?」
腰を上げた望月がベッドの上にいるゆり子の隣に座る。

望月「きちんと言います。ゆり子さん、俺と結婚を前提として付き合ってください」

ゆり子「……野口さんのことは、どうなったの?」
望月の真っ直ぐな瞳を見つめ返すゆり子。

望月「……そのことはもう、大丈夫です」
ゆり子「でも野口さんと結婚すれば、次期社長候補になれるんだよ?」

望月「……えっ?」
と、キョトン。
ゆり子「大出世じゃない」
ポツリと言うゆり子を見た望月が笑い出す。

望月「あはは……」
ゆり子「なにがおかしいの?」
唇を尖らす。

望月「俺、社長なんかになりたくないです。俺がなりたいのは、ゆり子さんの旦那さまですから」
ゆり子「望月くん……」
頬を染める。

望月「もう一度言います。ゆり子さん、俺と結婚を前提として付き合ってください」
ゆり子「はい。よろしくお願いします」
微笑み合う。

望月の顔がゆり子に近づき、ふたりの唇がゆっくりと重なる。

〇同・キッチン(夕)
望月「ゆり子さん、終わりました」
ゆりこ「ありがと……」

皮つきのまま不格好に切られたジャガイモと玉ねぎ、にんじんを見たゆり子の目が丸くなる。

ゆり子「そっか。望月くん、実家暮らしだもんね。料理したことないんでしょ?」
望月「……はい」

ゆり子「でも、皮を剥くのは常識だと思うけどな」
と、チクリ。

望月「すみません」
と、小さくなる。

ゆり子「ジャガイモとにんじんの皮は私が剥くから、望月くんは玉ねぎをお願い」
望月「……はい」

チビチビと玉ねぎの皮を剥く望月。
望月「俺って、完全に足手まといですよね?」
ゆり子「そんなことないよ。望月くんと一緒に料理するの、楽しいもん」

沈んでいた望月の表情がパアと明るくなる。
望月「俺も楽しいです」
ゆり子「うん」

ゆり子(年下の男の子ってかわいいな)
と、口元を緩める。

〇同・ダイニング
ゆり子と望月「いただきます」
と、カレーを頬張る。

望月「うまい!」
ゆり子「うん。おいしいね」
と、笑い合う。

望月「ゆり子さんって料理上手なんですね」
ゆり子「カレーくらい誰でも作れるでしょ?」

望月「……俺は作れません」
と、スプーンを置く。

ゆり子「あー、えっと……。これから一緒に、いろんな料理にチャレンジしていこう? ね?」
望月「はい」

ゆり子と望月が笑いながら、カレーを食べる。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
ゆり子「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
鈴木マネージャーのデスク前で、頭を下げる。

鈴木「もう大丈夫なのか?」
ゆり子「はい。おかげさまで」

鈴木「そうか。でも無理はしないように。いいね?」
ゆり子「はい。ありがとうございます」
頭を下げて自分のデスクに戻る。

橘「捻挫したって聞いて、ビックリしましたよ」
ゆり子「心配かけてごめんね」
と、席に着く。

橘「あまり若くないんだから気をつけてくださいよ」
と、ヘラリと笑う。

ゆり子「……橘くん、これお願い」
背中に怒りの炎をメラメラと燃やすゆり子が、橘のデスクの上に書類の束をドンと置く。

橘「ひぇ~!」
オフィスに橘の悲鳴が轟く。

〇同・食堂(昼休み)
ランチがのったトレーを持ち、空いている席を探すゆり子に市原が気づく。
市原「香山!」
手を上げて空いている向かいの席を指さす。

うなずいたゆり子が、市原の前の席に腰を下ろす。

ゆり子「昨日はごめんね」
市原「……香山と王子が付き合ってるって、知らなかった」

食堂に現れた望月に市原が気づき、視線を向ける。

ゆり子「隠していたわけじゃないんだけど……。いろいろあって……」
恥ずかしそうにモジモジする。

市原「結婚するのか?」
ゆり子「まだ、付き合い始めたばかりだし……」

ゆり子の言葉にかぶるように、隣のテーブルから歓声があがる。
女子社員A「今、メガネ王子と目が合った!」
女子社員B「目が合ったのは私だから!」

市原「イケメンと付き合うのも大変だな」
はしゃぐ女子社員を白い目で見た市原が席を立つ。

市原「お先」
トレーを持つ市原の後ろ姿を見つめるゆり子。

ゆり子(機嫌悪いな……)
と、肩をすくめる。

〇同・開発事業部オフィス(午後)
部長「野口さん。ちょっといいかな?」
あかね「はい」
イスから立ち上がったあかねが部長のもとに向かう。

部長「頼んでいた資料だけど、できたかな?」
あかね「あ、すみません。まだです」

部長「明日の会議の前に目を通しておきたいって、言ったはずだけど」
あかね「……すぐ作成します」
部長に頭を下げたあかねがデスクに戻る。

ゆり子「……」
あかねのデスクの上に積み重なった書類の束を見つめる。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
橘「お先に失礼します」
定時になり、橘を筆頭に社員が次々に退社する。

望月「お先に」
あかね「お疲れさまです」

あかねが望月の後ろ姿を見つめているとドアが開き、ゆり子がオフィスに入ってくる。

望月「お先に失礼します」
ゆり子「お疲れさまでした」
挨拶を交わした望月がドアから出て行く。

缶コーヒーを抱えたゆり子が、あかねのもとまでやって来る。
ゆり子「はい。差し入れ」
と、あかねのデスクの上に、缶コーヒーを置く。

あかね「……」
缶コーヒーをじっと見つめる。

ゆり子「金曜日は急に休んでごめんね。手伝うよ」
と、あかねのデスクから書類を手に取る。

あかね「……足は大丈夫なんですか?」
ゆり子「うん。まだ走れないけど、普通に生活するのは平気」
と、自分のデスクに座る。

ゆり子「私が異動してくる前まで、野口さんがひとりで全部処理してたんだってね。すごいね」
書類の束にドンと手をのせる。

あかね「……」
ゆり子「でも、これからはひとりで抱えこまないで、手が空いている人にジャンジャン回そうよ。ね?」
と、あかねの顔を覗き込む。

あかね「香山さんが……」
ゆり子「なに?」
うつむくあかね。

あかね「香山さんがもっと嫌なヤツだったらよかったのに……」
涙目になる。

ゆり子「ごめん。意味がよくわからない」
と、微笑む。

あかね「……なんでもないです。いただきます」
ゆり子「どうぞ」
あかねが缶コーヒーのプルタブを開ける。

ゆり子(気が強いだけで、悪い子じゃないんだよね)
パソコンに向き合うゆり子の口元が緩む。

〇同・外(夜)
ゆり子とあかねが自動ドアを通り、外に出る。

あかね「コンビニに寄りたいのでここで」
ゆり子「そう。じゃあ、お疲れさま」

あかね「お疲れさまでした」
駅に向かうゆり子の後ろ姿を見つめていたあかねが、バッグからスマホを取り出す。

スマホに望月のナンバーを表示させたあかねが、通話ボタンをタップする。


つづく

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