メガネ王子に翻弄されて
第十七章

〇野口不動産・一階エレベーターホール(夕)
一階に到着したエレベーターから降りる望月。

あかね「望月チーフ!」
望月「……」
エレベーターから降りたあかねが、足を進める望月を呼び止める。

ため息をついた望月が足を止めると、あかねが追いつく。
望月「……なに?」

あかね「これからあかねと一緒に」
望月「ごめん。先約があるんだ」
と、あかねの言葉を遮る。

あかね「誰と会うんですか?」
望月「……」
あかねを無視して、再び足を進める望月。

〇同・一階フロア
あかね「もしかして、これから香山さんと会うんですか?」
望月「……」
あかねが望月を追い駆ける。

あかね「否定しないんだ」
望月「……」
あかねが足を止める。

あかね「パパに言いますよ!」
望月の背中に向かって、声をあげるあかね。

足を止めた望月があかねに振り返る。
望月「いいよ」

あかね「えっ?」
望月「いいよ。言いつけて」
あかね「……っ!」

退社する社員がふたりの様子をジロジロと見つめるなか、向き合う望月とあかね。

望月「もし彼女が飛ばされたら、俺は野口不動産を辞めて彼女に着いて行くって決めたから」
あかね「……」

縁なし眼鏡のブリッジを右手中指で押し上げた望月が、あかねに背中を向ける。

自動ドアを通って外に出て行く望月の後ろ姿を見つめるあかねの瞳から、大粒の涙が落ちる。

〇ゆり子のマンション・ダイニング(夜)
デパ地下のお弁当とサラダ、ケーキがテーブルの上に並ぶ。

ゆり子「おいしそうだね。ありがとう」
望月「いいえ」
と、笑い合う。

望月「まだ痛みますか?」
包帯が巻かれたゆり子の右足首に視線を落とす。

ゆり子「まだ少しね」
ケーキの箱を持ち、足を引きずりながらキッチンに向かう。

望月「あ、冷蔵庫に入れるんですよね? 俺がやりますから、座っててください」
背後からゆり子の肩に手をあてて、動きを止める。

ゆり子「ありがとう。ビールあるけど飲む?」
ケーキの箱を望月に渡し、ダイニングのイスに座る。

望月「はい。いただきます」
ゆり子「じゃあ、冷蔵庫から出してもらえるかな?」

望月「了解。香山さんはお茶?」
ゆり子「うん。ありがとう」

缶ビールとペットボトルのお茶を持った望月が、ゆり子の向かいに座る。

スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める望月。

ゆり子(カッコいい……)
うっとりしながら望月を見つめる。

望月「ん? どうかしましたか?」
ゆり子「う、ううん。なんでもない」
と、笑ってごまかす。

ゆり子と望月「いただきます」
と、手を合わせて料理に手をつける。

望月「あ、そうだ。今日、住宅事業部の市原チーフに声をかけられました」
ゆり子「そうみたいね。お昼に連絡があった」

望月「……そうでしたか。……香山さんと市原チーフって仲がいいですよね?」
と、眉根を寄せる。

ゆり子「えっ? そうかな。でもずっと同じ部署だったからね。市原くんにはずいぶん助けてもらったし」
望月「……」

ゆり子「あ、ごめんね。私ばっかり話しちゃって」
望月「いいえ」
ぎこちなく笑った望月が、勢いよくビールを飲む。

〇同・リビング
望月「はい、どうぞ」
ソファに座るゆり子に、ケーキがのった皿を差し出す。

ゆり子「ありがとう」
望月からお皿を受け取る。

ゆり子「おいしそう」
笑顔を見せるゆり子を見て微笑んだ望月が隣に座る。

望月「食べましょうか」
ゆり子「うん。いただきます」

ゆり子「おいしい!」
ケーキをひと口味わったゆり子が、満面の笑みを浮かべる。

望月「実は香山さんがなにを好きで、なにが嫌いなのか、さっぱりわからなくてデパ地下で結構悩みました」
と、ケーキをパクリ。

ゆり子「ごめんね」
望月「いいえ。だから香山さんのこともっと知りたいと思ったし、俺のことも知ってほしいです」
と、ゆり子を見つめる。

ゆり子「うん。そうだね」
と、ニコリ。

ゆり子「じゃあ、早速質問! 望月くんの好きな食べ物はなに?」
望月「カレーと寿司です。香山さんは?」

ゆり子「私は甘い物ならなんでも好き」
笑いながらケーキを頬張る。
望月「じゃあ明日はアイスを買ってきましょうか?」

ゆり子「えっ? 明日も来てくれるの?」
ケーキを食べる望月を見て、目を丸くする。
望月「嫌ですか?」

ゆり子「ううん。うれしい」
恥ずかしげにうつむく。

望月「犬の散歩を終わらせたら、吹っ飛んできます」
ケーキを食べながら笑う。

ゆり子「望月くんって、犬飼ってるの?」
ケーキを口に運ぶ。

望月「はい。画像見ます?」
ゆり子「うん。見たい!」
望月がスマホをタップする。

望月「これがベルです」
と、スマホをゆり子に見せる。

ゆり子「うわぁ、かわいい!」
望月に体を寄せてベルの画像を見て微笑む。

ゆり子「女の子? 男の子?」
望月の顔を見上げる。
望月「女の子です」

ゆり子「じゃあベルちゃんは、ひとりでお留守番してるの?」
望月「あ、俺、実家暮らしなんですよ」
ゆり子の目が丸くなる。

ゆり子「そうなんだ……。私たち、お互いのこと本当に知らないね」
望月「そうですね」
笑い合うゆり子と望月。

ゆり子「ベルちゃんに会ってみたいな」
望月「香山さんの足が直ったら、一緒にドッグランに行きませんか?」

ゆり子「うん! 行きたい!」
望月「ベルもきっと喜びます」

ケーキを食べ終えても、ゆり子と望月の会話は途切れない。

〇ゆり子のマンション・ダイニング(昼)
望月がテーブルの上にコンビニの袋をドンと置く。

望月「適当に買い込んできました」
と、袋からアイスを取り出した望月がニコリと笑う。

ゆり子「ありがとう。うれしい」
望月からアイスを受け取り、冷凍庫に入れる。

望月「どうですか? 足は」
ゆり子「もう痛くないし、腫れもだいぶ引いたの」
望月「それはよかったです」
と、再びニコリ。

望月「それから、これ。あとで一緒に観ませんか?」
レンタルショップの袋からDVDを出す。

ゆり子「あっ! 私もこれ、観たいと思ってたんだ」
望月「おもしろそうですよね。これ」
ゆり子「うん」
笑い合うふたり。

〇同・リビング
ソファに並んで座り、DVDを観るゆり子と望月。

ラッキーちゃんのぬいぐるみを抱えながら、食い入るようにDVDを観るゆり子を見て微笑む望月。

ぬいぐるみをギュッと強く抱え込み、ハラハラするシーンから目を逸らさないゆり子を見てクスッと小さく笑う望月。

うっとりしながらラブシーンを見つめるゆり子の手を、望月が握る。

ゆり子「……っ!」
望月の顔を見上げる。

望月「……」
DVDから視線を逸らさず、ゆり子の指に自分の指を絡ませる望月。

ゆり子「……」
頬をほんのりと赤く染めたゆり子が、望月の肩に頭をのせる。

望月「……」
ゆり子「……」
指を絡ませ合ったままDVDを観続けるふたり。

〇同・ダイニング(夕)
ゆり子「望月くん、コーヒー飲む?」
望月「……」
ゆり子がキッチンからソファにいる望月に声をかけるも、返事がない。

ゆり子「……?」
足を引きずりながらリビングに移動する。

同・リビング
望月「……」
ソファに横になり、眠る望月。
ゆり子「あ、寝てる」

ゆり子(疲れてるんだろうな……)
屈み込んで望月の寝顔を見つめる。

ゆり子(寝顔もカッコいいなんて反則じゃない?)
床に座り、望月の寝顔をさらに見つめる。

ゆり子(そういえば、寝る時ってメガネはずすよね?)
膝立ちすると、望月の黒縁メガネをそっとはずす。

ゆり子(それにしてもうらやましいほど、まつげ長いよね……)
メガネをテーブルの上に置くと、立膝のまま再び顔を覗き込む。

ゆり子(それに髪の毛もサラサラ)
望月の前髪の毛先に、そっと触れる。

望月「なにイタズラしてるんですか?」
瞼を開けた望月が、前髪に触れていたゆり子の手首を掴む。

ゆり子「……起きてたの?」
望月「寝てましたよ。でも髪を触られて目が覚めました」
と、クスッと笑う。

ゆり子「起こしてごめんね」
望月「許しません。罰として……」
ゆり子の手首を掴んでいた手に、力を込める望月。

前のめりになったゆり子の後頭部に手を回し、唇を塞ぐ望月。

驚きで目を丸くしていたゆり子が瞼を閉じ、キスを受け入れる。

角度を変えて何度もキスを交わす。

望月が唇を離し、後頭部に回していた手がゆり子の頬に触れる。

望月「香山さんのこと、ゆり子って呼んでいい?」
ゆり子「……うん」
鼻先が触れそうな距離で微笑み合う。

望月「じゃあ、ゆり子さん。もう一度キスしてもいい?」
ゆり子「……うん」
ふたりの唇が再び重なり合う。

〇同・玄関(夜)
靴を履いた望月がゆり子に向き直る。

望月「また明日」
ゆり子「うん。あ、望月くん」

望月「はい」
ゆり子「明日はリハビリも兼ねて、一緒に買い物に行ってほしいんだけど……いい?」
望月を見上げる。

望月「もちろんいいですよ。でも絶対無理しないこと」
ゆり子「はい」

ニコリと微笑んだ望月が腰を屈めて、ゆり子の唇に短いキスを落とす。

望月「じゃあ、帰ります。おやすみなさい」
ゆり子「おやすみなさい」

ドアがパタンと閉まる。

ゆり子が赤くなった頬に両手をあてる。

〇スーパー・店内(昼)
カートを押す望月と一緒に、スーパーを回るゆり子。

カゴの中には、野菜や肉、そしてカレールーが。

レジで会計するゆり子。

両手にスーパーの袋を持つ望月と、片手にティッシュペーパーを持つゆり子がスーパーから出る。

〇ゆり子のマンション・エントランス
ゆり子「重かったでしょ?」
望月「全然。これくらい余裕です」
笑いながらエントランスに入る。

ゆり子「えっ?」
ゆり子の声を聞いた人物がオートロック機から顔を上げる。

ゆり子「市原くん?」
市原「……っ!」
市原の視線が、望月に向く。

ケーキの箱を持つ市原が、ゆり子と望月と向き合う。


つづく

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