メガネ王子に翻弄されて
第七章

〇居酒屋・通路(夜)
トイレから出たゆり子が通路を進んでいると、体の前で両腕を組み、壁にもたれかかる望月の姿が。

ゆり子「さっきは部長から助けてくれてありがとうございました」
望月に頭を下げる。

望月「泣いたんですか?」
うつむくゆり子の目元に、望月の指が触れる。
ゆり子「……っ!」
ハッとしたゆり子が足を一歩後退させる。

望月「そろそろ歓送迎会が終わります。行きましょう」
ゆり子「はい」

ゆり子(心配して様子を見に来てくれたのかな……)
宴会場に戻る望月の後を追う。

〇居酒屋・外
歓送迎会が終わった居酒屋の前。
「お先に失礼します」と帰る社員に、「二次会どうします?」と相談し合う社員の姿が。

〇駅前ビル・外観
ビルの三階にカラオケ店。

〇カラオケ店内
個室のドアが並ぶ店内。

〇同・個室内
ステージの上ででマイクを握って熱唱する松本とソファに座る社員の姿。
その中にゆり子と望月、あかねの姿もある。

ゆり子(付き合いだから仕方なく二次会に参加したけど、もう帰りたいな……)
と、思っていると歌い終わった松本が、ゆり子の隣に座る。

松本「香山さんも歌ってくださいよ」
タッチパネルをゆり子の前に置く。

ゆり子「私はいいです」
と、首をフルフル。
松本「そんなこと言わないで歌ってくださいよ。そうだ! デュエットしましょうか」
と、ニヤリ。

松本に肩を抱かれてマイクを握る自分の姿を思い浮かべるゆり子。
ゆり子(絶対に嫌!)
顔が引きつる。

松本に迫られているゆり子を、離れた席から見つめる望月。その隣にはあかねが。
あかね「なに歌います?」
望月「……」
ピタリと寄り添うあかねにうんざりする望月。

ゆり子「ちょっとお手洗いに行ってきます」
バッグを手に取り、立ち上がったゆり子に気づく望月。

あかね「後であかねと……ませんか?」
望月「え? ああ……」
あかねがなにを言っているのかわからないまま適当に返事をすると、部屋を出て行くゆり子の後ろ姿を見つめる。

〇同・廊下
ゆり子(どうしよう。このままだと松本チーフとデュエットしなくちゃならないかもしれない。そういえば宴会の時、家まで送るって張り切っていたよね?)
ゆり子の顔から血の気が引く。

ゆり子(ひとり暮らししてるって言ったらニヤけていたし、なんか怖い……)
青ざめながらトボトボと歩いていると、背後から不意に手首を掴まれる。
ゆり子「……っ!」

ゆり子(もしかして松本チーフ!?)
恐々と振り返ると、そこには望月が。

望月「荷物はそれだけですか?」
と、ゆり子のバッグを見る。

ゆり子「あ、はい」
望月「行きましょう」
ゆり子「えっ?」
戸惑うゆり子にかまわず、手首を握ったままカラオケ店を出る望月。

〇同・階段
望月が下行きのボタンを押すも、エレベーターは八階。

ゆり子の手を握ったままの望月が脇の階段に向かう。

ゆり子(な、なに?)
望月に手を引かれながら階段を下りる。

あかね「望月チーフ?」
階段を下りていると頭上からあかねの声が聞こえてくる。
あかね「もう、どこ行っちゃったんだろ」

あかねの声を聞いても、望月の足は止まらない。
望月の足音と、ゆり子のヒールの音が階段に響く。

〇駅周辺・噴水広場
車が行き交う通りに面した噴水広場を、望月に手を引かれたまま歩くゆり子。

ゆり子(野口さんから逃げるように二次会を抜け出すなんて、どうしたんだろう)
斜め前を歩く望月の横顔を見つめる。

ゆり子「望月チーフ?」
望月「……」
ゆり子「望月チーフ!」
ゆり子の大きな声を聞き、我に返った望月の足が止まる。

望月「勝手に連れ出したりして、すみませんでした」
掴んでいた手首を離した望月が頭を下げる。

ゆり子「いいえ。それは別にいいんですけど……。なにかありましたか?」
望月「……」
真面目な表情を浮かべた望月がゆり子に背中を向けると、ベンチに向かい腰を下ろす。

望月「家に帰って風呂に入って早く寝たい。それが今の俺の正直な気持ちです」
と、うつむく。

ゆり子(なにかあったのかと心配になったけど……。なんだ、そんなことか。きっと疲れているんだろうな)
フッと小さく笑ったゆり子が望月の隣に座る。

ゆり子「私もそうですよ。慣れない業務の連続で……早く帰って寝たいです」
顔を上げた望月とゆり子が笑い合う。

ライトアップされた噴水を見つめるふたり。

望月「宴会の時、部長になにを言われたのか聞いてもいいですか?」
ゆり子「……」
黙ったままうつむくゆり子。

望月「年下のチーフじゃ、頼りないですよね」
ゆり子「……っ!」
驚きながら勢いよく顔を上げる。

ゆり子「私の年……ご存じなんですね」
望月「部長から聞きました」
ゆり子「そうですか」
と、瞳を伏せる。

ゆり子「部長に……セクハラのようなことを言われて困っていたんです」
と、キュッと口を結ぶ。
望月「そうでしたか」
ゆり子「はい」

望月「今後も同じようなことがあったら、俺に言ってください」
ゆり子「でも、仕事以外のことですし……」
望月「まあ、俺にできることなんて、たかが知れてますけど」
と、視線を逸らす。

ゆり子(素気ないのに、優しいんだから……)
ゆり子「そうさせてもらいます」
と、微笑む。

望月「はい。あ、そうだ」
と、ゆり子に視線を戻す。
望月「松本チーフがしつこくて困ったときも、遠慮しないで俺に言ってください」

× × ×
松本「実家暮らしですか? それともひとり暮らし?」
ゆり子「えっと……ひとりです」
松本「そうですか。ひとり暮らしですか」
ゆり子「……はい」
ニタニタと笑う松本の横顔を見たゆり子の顔が青ざめる。
× × ×
松本とのやり取りを思い出したゆり子。

ゆり子「助かります!」
つい大声になるゆり子を見た望月が笑う。

望月「悪い人じゃないんですけどね……」
ゆり子「ええ。悪い人じゃないとは思うんですけどね……」
ふたりで大きくうなずき合う。

ゆり子「帰りましょうか」
ベンチから立ち上がると、望月に手首を掴まれる。

ゆり子「えっ?」
顔を上げるゆり子。
望月「……」
ベンチから立ち上がった望月がゆり子に近づき、ゆっくりともたれかかってくる。

望月の腕がゆり子の背中に回り、ふたりの体が密着する。
ゆり子(な、な、なんで? なんで私、抱きしめられてるの!?)

望月「……気持ち悪っ」
突然の抱擁に戸惑うゆり子の耳もとで、望月がポツリと言う。

ゆり子「ええっ! ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇ~!」
噴水広場にゆり子の悲鳴が響く。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
ゆり子「おはようございます」
と、オフィスに入る。
望月「おはようございます」

時刻は午前八時三十五分。
あかねも橘もまだ出社していない。

望月「香山さん。ちょっといいですか?」
と、イスから立ち上がり、ドアに向かって足を進める。
ゆり子「あ、はい」
オフィスから出て行く望月の後を追う。

〇同・八階の廊下
ゆり子(オフィスでできない話ってなに?)
ポケットに手を入れて足早に進む望月の後を、小走りで追う。

足を止めた望月が非常階段のドアを開ける。
望月「どうぞ」
ゆり子(また、ここ?)

ゆり子「……どうも」
ドアを押さえる望月の前を通る。

〇同・八階の非常階段踊り場
ドアを閉める望月を見つめるゆり子。
ゆり子(ここにはいい思い出がないんだよね)

× × ×
望月「……もういいです。でも今後なにかあったらチーフの俺にきちんと報告してください」
× × ×
異動初日に望月から冷たくされた出来事を思い出すゆり子。

望月「金曜日はすみませんでした」
と、頭を下げる。
ゆり子「ああ!」

〇(回想)噴水広場(夜)
ペットボトルを持ったゆり子が、噴水の脇を走る。

ゆり子「大丈夫?」
ベンチに横たわる望月を覗き込んだゆり子がペットボトルを差し出す。

望月「ありがとうございます」
体を起こした望月がゆり子からペットボトルを受け取る。

街灯のもとでネクタイの結び目を長い指で緩め、
ペットボトルのキャップを開けて、喉仏を上下させながら水を飲む望月。

ゆり子(あの……色気がダダ漏れしてるんですけど……)
うっとりしながら望月を見つめる。

望月「すみませんでした。もう大丈夫です」
手の甲で口元を拭う。

ゆり子「そ、そう」
望月「はい」
と、ベンチから立ち上がる。

ゆり子「タクシー呼ぼうか?」
望月「いいえ。電車で帰れます」
ゆり子「そう?」
望月を見上げる。

望月「いいですね」
と、クスッと笑う。

ゆり子「(首を傾げて)えっ? なにが?」
望月「敬語じゃない香山さんも」
と、瞳を細める。

ゆり子(彼は年下でも上司なのに!)
ハッと口に手をあてる。

ゆり子「あっ、すみません」
ゆり子が謝っても、望月は笑顔のまま。

望月「俺とふたりきりのときは敬語じゃなくてかまいませんから」
ゆり子「……」

ゆり子に背中を向けた望月が、駅に向かって歩き出す。

ゆり子(そう言われても……)
困った表情を浮かべながら、望月の後を追う。
(回想終了)

〇野口不動産・八階の非常階段踊り場
望月「これ。迷惑かけたお詫びです」
ポケットからブルーの包装紙に包まれた四角い箱を取り出し、ゆり子に差し出す望月。

ゆり子「お詫びって……。私、なにもしてないのに……」
目を丸くして望月を見上げる。

望月「たいした物じゃないんで気にしないでください。ほんの気持ちですから」
と、微笑む。

ゆり子(断るのも悪いよね……)

ゆり子「じゃあ、遠慮なく。ありがとうございます」
と、望月から箱を受け取る。

望月「香山さんを思って選びました」
ゆり子「そんなこと言われたら、中身が気になっちゃうな」
と、微笑み合う。

〇同・開発事業部オフィス(午前)
あかね「香山さん。入力お願いします」
ゆり子「はい」
と、キーボードをパチパチ。

あかね「香山さん。先方に確認お願いします」
ゆり子「はい」
と、電話をかける。

あかね「香山さん。コピーお願いします」
ゆり子「はい」
と、コピー。

ゆり子(人使い荒いな……)
と、こめかみに汗。

望月「……」
コピーを取るゆり子の様子を、望月がチラリと窺う。

あかね「……」
その望月を、あかねが不満げに見つめる。

〇同・開発事業部オフィス(昼休み)
食堂に行こうとするゆり子の前に、不機嫌オーラ全開のあかねが立ち塞がる。

ゆり子(怖っ!)
足を一歩後退させてビビるゆり子。

あかね「ちょっといいですか?」
ゆり子を睨みつけたあかねが返事も聞かず、ドアに向かって歩き出す。

あかねの後ろ姿を見つめるゆり子。
ゆり子(なに? 私、野口さんを怒らせるようなことした?)
首を傾げながら、あかねを追う。

〇同・女子トイレ
あかね「香山さん。望月チーフと一緒に二次会抜けましたよね?」
眉をつり上げたあかねが、ゆり子に詰め寄る。

× × ×
エレベーターには乗らず、脇の階段を下りる望月に手を引かれるゆり子。
× × ×
カラオケ店を出た時のことを思い出すゆり子。

ゆり子(野口さんに、どう説明すればいいんだろう……)
答えに悩んでいるゆり子の前で、あかねが両腕を組む。

あかね「香山さんが知らないようなので教えてあげますけど、あかねと望月チーフは結婚を前提にお付き合いをしてますので」

ゆり子「……っ!」
息を飲む。

つづく

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