メガネ王子に翻弄されて
第九章

〇レストラン・店内(夜)
テーブルに向き合って座るゆり子と市原。

ゆり子と市原「乾杯」
と、グラスを合わせる。

ゆり子「夢見が丘の開発事業のメンバーに隆弘の名前があった」
グラスに口をつける。

市原「あ、そうか。夢見が丘って北関東支社エリアだったな」
ゆり子「うん」
と、うなずく。

市原「香山は……まだ阿部のこと許せないのか?」
ゆり子「吹っ切れてるつもりだったんだけど……。志穂の家で隆弘の年賀状見たら、なんかモヤモヤしちゃって……」
と、テーブルにグラスを置く。

市原「ああ、『家族が増えました』ってやつか」
ゆり子「うん。そう」

ゆり子「あれから三年も経ってるのに、モヤモヤするってなんなんだろうね」
髪の毛を耳にかけたゆり子が苦笑いする。

市原「ひっぱだいてやればよかったんだよ。この浮気者!ってさ」
ゆり子「だって……私の代わりに市原くんが殴ってくれたじゃない」

〇(回想)野口不動産・営業部オフィス内(夕)※三月中旬
LINEのやり取り。
市原【話がある】
隆弘【残業中】
市原【少し抜けて来られないか? 休憩スペースで待ってる】
スマホを持った隆弘がイスから立ち上がる。

〇同・休憩スペース
自動販売機とテーブルが並んだ休憩スペースに隆弘がやって来る。

隆弘「……ゆり子もいたのか」
と、気まずそうにうつむき、ポケットに手を入れる。
ゆり子「……うん」
市原の隣にいるゆり子がうなずく。

市原「昨日の夜のことは香山から聞いた。ふたりできちんと話し合えよ。じゃあな」
隆弘の肩を叩いて休憩スペースをあとにしようとする。

隆弘「なんで市原に言うんだよ」
ゆり子「……」
隆弘に責められ、黙ったままうつむくゆり子。

市原「香山の様子がおかしかったから、俺が強引に聞き出し出んだよ」
不機嫌そうな隆弘の声を聞いた市原が、ふたりのもとに引き返してくる。

隆弘「あっそ」
と、髪をクシャリと掻き乱す。
市原「どうしてゆり子を裏切るようなことをしたんだよ」
隆弘に詰め寄る市原。

隆弘「ゆり子って俺より仕事のほうが大事なんだろ?」
ゆり子「そんなことないよ!」
と、顔を上げて首を振る。

市原「たしかに最近は忙しくて残業も休日出勤も多かったけど、それが浮気していい理由にはならないだろ」

隆弘「彼女と会えない日が続けば、さすがに溜まるだろ? 男のお前なら、俺の気持ちわかってくれるよな?」
市原の肩をポンと叩く。

市原「……っ!」
激怒した市原が肩にのった隆弘の腕を払いのけ、顔を殴る。

ゆり子「隆弘!」
床にドタッと倒れ込む隆弘に駆け寄るゆり子。

その様子を見つめる市原の握りこぶしが震える。

市原「こんなことになるなら、お前に香山を任せるんじゃなかった」
睨むように隆弘を見下ろす市原が、ゆり子の腕を強引に掴んで立ち上がらせると休憩スペースから出て行く。

〇同・エレベーター前
ゆり子の手を引いてエレベーターに乗り込む市原。

〇同・エレベーター内
うつむくゆり子を抱きしめた市原が髪を撫でる。

急に抱きしめられて驚くゆり子。
涙が込み上げてきて、目尻から涙が流れる。

市原の背中に腕を回したゆり子の泣き声が、エレベーター内に響く。
(回想終了)

〇レストラン・店内
市原「……そうだったな。ごめん」
と、指で鼻先を掻く。

ゆり子「ううん。市原くんが怒ってくれて、うれしかったよ。ありがとう」
と、微笑む。

ゆり子(その一ケ月後に隆弘が北関東支社に異動になって、私たちの関係は終わったんだよね……)
グラスに口をつけながら、過去のことを思い出す。

市原「……俺なら香山を裏切るようなことしないんだけどな」
と、ポツリ。
ゆり子「えっ?」

市原「俺ならお前を裏切るようなことはしない。一生大事にする」
ゆり子を真っ直ぐ見つめる市原。

ゆり子「市原くんって同期思いだね。ありがとう」
と、ニコリ。

市原「いや、そうじゃなくて……」
ゆり子「ん?」
市原「……なんでもない」
キョトンとするゆり子を見た市原が苦笑いする。

市原「阿部と顔合わすのは気まずいと思うけど、仕事だしな……」
ゆり子「うん」

市原「どうしても無理だと思うなら、開発事業メンバーからはずれるんだな」
ゆり子「それは絶対に嫌」
市原「だと思った」
と、クスッと笑う。

ゆり子「だって、こんなに大きな案件に関われる機会って、そうそうないことでしょ? なんとしてでもやり遂げたいもん」
市原に力強いまなざしを向ける。

市原「そうだな。もしまたなにか困ったことがあったら、いつでも相談にのるから」
ゆり子「ありがとう。元気が出た」
と、微笑み合うゆり子。

ゆり子(同期っていいな……)
和んでいると、料理がのった小皿を市原が差し出してくる。

市原「これ、うまいぞ。食ってみろよ」
ゆり子「うん」
ふたりで食事を楽しむ。

〇駅周辺・道路
レストランを出て、駅に向かって歩くゆり子と市原。
ゆり子「ごちそうさまでした」
市原「どういたしまして」

ゆり子「私のほうから誘ったのに、ごめんね」
市原「そんなこと気にするなって」
ゆり子「……うん」

ゆり子「そういえば、市原くんの片思いはどうなったの?」
興味津々で尋ねる。
市原「……進展なし」
あきれ顔でゆり子を見た市原がため息をつく。

ゆり子「そうなんだ。この際思い切って告白してみれば?」
市原「……」
足を止める市原。
ゆり子「……?」

市原「そうだな。そのうちな」
振り向いて首を傾げるゆり子を見て、微笑んだ市原が足を踏み出す。

肩を並べて駅に向かっていると、車道を挟んだ向かいの歩道にいる人物に市原が気づく。

市原「なあ、あれってメガネ王子じゃないか?」
ゆり子「えっ?」

足を止めたゆり子が市原の視線の先を追うと、そこには腕を組んで歩く望月とあかねの姿が。

市原「へえ。メガネ王子って、彼女いるんだな」
ゆり子「……そう、みたいね」
市原「まあ、あれだけカッコよかったら彼女がいて当然か」
ゆり子「……」

楽しそうに笑うあかねと下を向いている望月の姿から視線を逸らすゆり子。

ゆり子(ふたりが付き合っているって知ってるのに、なんでショックを受けてるんだろ……)
口をキュッと結びながら足を進める。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(夕)
あかね「香山さん、これ急ぎでお願いします」
ゆり子のデスクに書類の束をドンと置く。

時刻は午後五時四十五分。
ゆり子(まただ……)
ため息をつく。

あかね「あ。もしかして今夜、予定ありでしたか?」
と、意地悪く口角を上げる。

ゆり子「いいえ。残念ながらヒマです」
ひきつった笑みを浮かべてあかねに向き合う。

橘「プッ!」
と、吹き出す。
橘「香山さん。俺も今夜、残念ながらヒマなんで手伝いますよ」
ゆり子「え、でも……」
と、望月に視線を向ける。

× × ×
望月「六時が定時だ」
と、ビジネスバッグを手にドアに向かう。
× × ×
以前、橘が残業を手伝ってくれようとした時のことを思い出すゆり子。

橘「望月チーフ。残業してもいいですか?」
望月「ああ。かまわない」
パソコンに向き合ったまま返事をする望月。

ゆり子「橘くん、ありがとう」
橘「いいえ」
微笑み合っていると、あかねが立ち上がる。

あかね「望月チーフ。お先に失礼します」
と、ニコリ。
望月「お疲れさま」
パソコンから視線を上げて、あかねを見つめて挨拶する望月。

ゆり子「お疲れさま」
オフィスを出て行くあかねの後ろ姿にゆり子が声をかけると、ドアがパタンと閉まる。

橘「だ~! もう! 香山さん、人が良すぎますって!」
と、デスクにドンと手をつく。
ゆり子「そんなことないよ。私、結構腹黒いよ」
と、フフッと笑う。

橘「えっ? マジで?」
ゆり子「マジで。だから橘くんも気をつけたほうがいいよ」
橘「……気をつけます」

ゆり子(ほんと、橘くんってかわいいよね)
コロコロと態度が変わる橘をおもしろく思いながらゆり子が笑っていると、望月が立ち上がる。

望月「悪いけど俺もこれで。お疲れさま」
橘「あ、はい。お疲れさまです」
ゆり子「お疲れさまです」
視線を合わせないまま、望月がドアに向かう。

ゆり子(もしかしたら今夜もデート?)

× × ×
市原「なあ、あれってメガネ王子じゃないか?」
ゆり子「えっ?」
足を止めたゆり子が市原の視線の先を追うと、そこには腕を組んで歩く望月とあかねの姿が。
× × ×
昨夜見たふたりの様子を思い出しながら、オフィスから出て行く望月の後ろ姿を見つめる。

〇同・八階エレベーター前
オフィスを出た望月が、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出しタップする。

【ここで待ってます】というメッセージと、お店情報が貼られたLINEを見た望月がため息をつく。

〇同・開発事業部オフィス(夜)
ゆり子と橘しか残っていないオフィスにキーボードを叩く音が響くなか、ドアがカチャリと開く。

ドキッと胸を跳ね上げたゆり子がドアに視線を向けると、そこには。
警備員「残業お疲れさまです」
と、敬礼。

ゆり子「ご苦労様です」
笑顔を見せるも、すぐに肩を落とす。

× × ×
目を丸くしているゆり子のもとにやって来た望月が、デスクの上に紙袋を置く。
望月「差し入れです」
× × ×
以前、残業したときに、望月がオフィスに戻ってきた時のことを思い出すゆり子。

ゆり子(なにを期待してるんだか……)
ため息をつくと、残業を続ける。

〇同・エレベーター内(夜)
橘「思ったより早く終わって、よかったですね」
ゆり子「橘くんが手伝ってくれたおかげだよ。ありがとう」
と、微笑む。

橘「いいえ。でも定時間際に仕事押しつけてくるの、マジで勘弁してほしいですよね」
と、顔をしかめる。

ゆり子「私が異動してくる前はどうだったの?」
橘「野口さんがすべてこなしてましたよ」
ゆり子「そっか」

一階に到着したエレベーターのドアが開く。

橘「どうぞ」
と、『開』ボタンを押す。
ゆり子「ありがとう」

ゆり子(私が異動してくる前は、野口さんひとりでがんばっていたんだ)
エレベーターから降りると、橘と一緒に一階フロアを進む。

〇同・外
自動ドアから外に出ると、駅に向かう。

橘「自己中なのは、社長令嬢だからですかね」
と、ポツリ。
ゆり子「……誰が社長令嬢なの?」
と、キョトン。

橘「野口さんですよ」
ゆり子「……えっ?」
橘「あれ? 香山さん知らなかったんですか? 野口さんが野口不動産の社長のひとり娘だってこと」

ゆり子「……」
足を止めた数秒後。
ゆり子「え~!」
大きな声が、辺りに響き渡る。

橘「あはは! メッチャ驚いてるし」
唖然とするゆり子を見た橘が、お腹を抱えて笑う。

ゆり子(それじゃあ、野口さんと結婚を前提に付き合っている望月チーフは、次期社長候補ってこと?)
固まったまま考えにふけるゆり子。

橘「香山さん? 大丈夫ですか?」
ゆり子の顔の前で手をひらひらと振る橘。
ゆり子「あ、うん。大丈夫」
ハッと我に返ったゆり子がうなずく。

橘「とにかく、今度も同じようなことがあったら、残業できません!って断ったほうがいいですよ」
ゆり子「……そうだね」
と、顔を引きつらせながら笑顔を作る。

〇同・開発事業部オフィス(午後)
パソコンに向き合っているゆり子の前の電話に内線の呼び出し音が鳴る。

ゆり子「はい。開発事業部、香山です」
受付『一階受付です。……様がお見えになりましたが、いかがいたしましょうか』

ゆり子(えっ? 約束もしてないのにどうして?)
目を丸くする。

ゆり子「すぐに下に降ります」
受付『かしこまりました。商談スペースにご案内いたします』
ゆり子「よろしくお願いします」
と、受話器を置く。

ゆり子(なにか問題でも起きた?)
慌ててオフィスを出る。

〇同・一階フロア
受付前を通りすぎ、奥の商談スペースに急ぐゆり子。

背を向けてイスに座る男性に声をかける。
ゆり子「江藤部長?」
江藤「香山さん!」
青木建設の江藤が振り向き立ち上がる。


つづく
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