real face
「世話になったんだろ?お酌して挨拶してこいよ。大人なんだから」

わ、解ってるわよ。
少し場が落ち着いたら行こうと決めてたんだから。

私だって、勘違いさせられたなりに、なにか言ってやらないと気が済まない。
本当にただの勘違いでしかなかったのか。
私たちの間には恋愛感情なんてものは全く存在しなかったのか。
私が独りで舞い上がっていただけなんだろうか。

舞い上がっていた……?

私が木原課長を結婚相手のターゲットに決めたのは、計画だったはず。
そう、この人なら大丈夫って。
私が幸せを掴むためには、木原課長と結婚するのが望ましいと。

木原課長と結婚するのが目的だった?
いや、一番の目的は幸せを掴むことなんだから、結婚はあくまでも手段。
私は……幸せになりたいだけ。

「木原課長、5年間お世話になりました」

ビールをお酌して、お別れの挨拶をする。

「蘭さん、君のような可愛い部下に恵まれて楽しかったよ。これからは宮本課長の元で頑張って!」

「…はい。あ、藤本先輩にも大変お世話になりました!」

わざと『藤本先輩』と呼んだ。

「私も楽しかったよ。いままでありがとう。部署が離れて寂しいけど、お互い頑張ろうね!」

「あら、藤本先輩は木原課長と一緒なんだから、寂しくなんかないでしょ?……お二人、結婚されるんですよね、おめでとうございます」

「あ、ありがとう。まだもう少し先になるんだけどね。でもどうして」

「……解らないとでも?そっか私、子どもですもんね。いくら課長に想いを寄せても、相手にもされてなかったんですよね」

私がお酌に来た時点で、他の人は散っていたようで、いまこのテーブルにいるのは課長と先輩と私、3人だけだった。

蘭さん……ごめんなさい。私、あなたの気持ち知ってたのに。裏切るようなことをしてしまって。実はね」

美里先輩がなにか私に告げようとするのを、木原課長が制した。

「待って美里。俺から話すから」

『美里』……恋人なんだから名前で呼ぶなんて当たり前のこと。
ただ、その響きに愛しさが含まれている事実に、心が重く沈む。

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